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赤い帽子 episode.1(オリジナル版)

赤い帽子のまほうつかい






――――風が、凪ぐ。




荒れ狂っていた風の妖精たちも、そんな二人の間で静まり返って。
あとはもう、さらさらとなびくだけの、草の海。


少女は、乱れた髪を撫で付けて。
僕に向かって、嬉しそうにほころんだ。


駆け寄ってくる。


赤の少女が、緑の波を抜けて、駆け寄ってくる。


だから、僕は――



僕は――――



―――――――――――――
―――




赤い帽子のまほうつかい

         episode.1 〜『聖都のとうぞく』




<序:とある月曜日の枢機卿会議>


古きよき時代。
剣とか魔法とかドラゴンとか女の子の嫉妬とかでイケてた、みんな大好きなあの時代のおはなし。


みんなはまだ、覚えているだろうか……?
あの頃はモンスターなんかが、街の外を普通にウロウロしていたことを。
城壁から一歩外に出れば、すぐに「戦闘開始!」だったことを。
でもそのわりにはおおらかで、時間の流れが今よりもゆったりとしていた世界を。
目を閉じれば――ほら、君だって思い出せるだろう……?

あの頃は、生き馬の目を抜くような現代とは違って、日曜日ぐらいはのんびり過ごせたもんだった。
……まぁだからといって、家に引き篭もって一日中ゲームをしたり、修羅場SSを書いたりしていたわけでもない。
日曜日の午前中は、老若男女士農工商善悪中立を問わず、みんなで教会に集まったんだ。

――聞くところによると、働き者の神様は、天地創造の七日目に過労でブッ倒れたらしい。
人間は神の子なので、七日目には(面倒臭がりながら)ねぎらいのお祈りを捧げることにしたのである。
鍛冶屋のおやじも、パン屋のお姉さんも、ハイレグ鎧の女剣士も、錬金術士も魔法使いも、
みんなみんな教会に集まって、司祭様のありがたいお説法に生あくびを噛み殺したもんだった。


さてさて。
ここ聖都ウィンラントでも、日曜の大聖堂は大賑わい。
なにせここは西方正教会の総本山だから、地方のソレとは規模が違う。
中央区にある大聖堂のホールに、聖都中の人々やら巡礼者やらが集まって、ぎゅうぎゅう詰めの状態だ。
だもんだから押せや引けやの大騒ぎで、おとなしく大司教のお説法なんて聞いていられるレベルじゃない。
そもそも祭壇に居並ぶお偉方からして、こっくりこっくりお舟を漕いでいるんだ。
ありがたみなんか、最初からあったものでもない。

聖歌隊のコーラスなのか、おやじの鼾なのか、おっぱい欲しさにぎゃあぎゃあ騒ぐ赤子の泣き声なのか、
「あなたっ! 今、あのシスターを見つめてたでしょっ!」と怒り狂う女性の怒鳴り声なのか。
なんかもう、なにがなんだかわけがわからなくなる頃。
ミサの終わりを告げる昼三刻の鐘の音が、ようやく鳴り響いてくれるのである。

雪崩うつように、ホールの出口へと殺到する街の人たち。
大半の者は、そのまま酒場や食堂へ一直線だ。
――なんせ働き好きなあの神様でさえ、七日目には嫌気がさしてぐうたら過ごしたのである。
だったら神の子たる人間なんか、六日も働けばもううんざりしていて当然。羽目を外して当然。
下々の者は酒場へとくりだして、朝までどんちゃん騒ぎなのだ。

……あぁ勿論、そういう野卑な振る舞いをする者たちばかりではない。
やんごとなきご身分の方々は、神の休日にそんなはしたない真似は決してしない。
例えば、正教会最高幹部である枢機卿の方々とか。彼らはそんなみっともないことはしない。
下々の者と同じ様に、酒場で酔っ払って大暴れとか、そんなことするわけがない。


神聖なる大聖堂で、大暴れである。


枢機卿と言えば、アレだ、いつも喧嘩ばかりしているえらい人たちのことである。
次期法皇位を巡って日夜飽きることなく、ローブの袖の下で銀のナイフを突きつけあっている方々である。
しかしそんな彼らと言えども、日曜の午後だけは(わりと)仲良く杯を酌み交わすようだった。
――まぁあの神様でさえ、七日目には生命の創造に飽きちゃったのだ。
神の子人間だって、七日に一度くらいは殺し合う気になれなくても、大目にみてやって欲しいところ。

例えばリックベルン枢機卿は、わざわざお家の蔵からご自慢のワインを持ち出してくる。
ダレン枢機卿だって、今日ばかりは毒殺される心配をすることなく、乾杯の音頭をとるのだ。
ビール党のパウアー枢機卿は、どこに隠していたのかクリスタルのジョッキを取り出した。
モルコフ枢機卿も今朝食べた物を吐き出して、限界以上に飲み食いする準備を整えている。
ピウス枢機卿ときたら、酔ってもいないのにもう控えの女神官に絡んでいるし。
ヨハンネス枢機卿は厨房の当番を呼び出して、さっさと聖餐の準備をせよと叱り付けた。

さぁさぁ、さぁさぁさぁさぁさぁさぁ!
呑めや歌えや踊れや脱げや壊せや吐けや!
――どんちゃん騒ぎである。


暑がりのリックベルン枢機卿は、ワインを一本飲み干すごとに一枚脱いでいく。
半裸になって、女神官の脚線美について格付けを始める頃には、皆様もうご立派な“悪酔い”の称号持ちだ。
露出の少ない尼僧に囲まれていると、くるぶしのチラリズムなんかに性的興奮を感じるようになるらしい。
神聖な大聖堂の無垢なる聖母像前で、教会最高幹部によるマニアックなフェチ会話がくりひろげられる。
あたりにごろごろころがる、ワインの瓶。ワインの樽……。
喰い散らかされたご馳走の数々……。

べろんべろんのモルコフ枢機卿が、ミサ用のワインにまで手を付け始めたら、そろそろお帰りを願う頃合だ。
各枢機卿それぞれのお気に入りの女神官たちが、慣れた手つきで仕事をこなし始める。
宥めつつすかしつつ彼らの手をとって、大聖堂の外へと丁重にお連れするのである。
尻を撫でられたり変な処を触られたりもするが、お仕事なので眉間の縦皺一本で済ます、宮仕えの悲しさか。

しかし外に連れ出せればしめたもの。
あとは枢機卿たちの尻を蹴り飛ばして、それぞれの馬車に叩き込むだけ。
御者に目くばせすれば任務完了、そのまま各人のご自宅へと直行である。
とっとと帰りやがれこのエロじじいどもっ!である。

と、まぁこんなかんじで、聖都の日曜日は更けていくわけだ。


……
………


   *      *      *      *      *      *      *      *



そして、月曜日はやってくる。


無慈悲な神様は、天地創造の八日目にカレンダーというものを作られた。
日曜の次は月曜。人が必ず死に至ることと同じく、人に背負わされた逃れられぬ原罪の証。
――月曜日には、神は働き始めた。
“だから、神の子たる人も、そうしなければならない!”


さぁ、ここは大理石で囲まれた枢機卿会議室だ。


普段は罵声と毒舌とナイフが飛び交うこの会議室も、月曜日は恐ろしいほど静かである。
さっきから俯いて、こめかみをマッサージし続けているリックベルン枢機卿
真っ青な顔をしながら、それでも議長席にしがみついているのはダレン枢機卿。
円卓に突っ伏したままピクリともしない、パウアー枢機卿。
モルコフ枢機も席を立っては別室へと駆け込み、そのつど腹と口元を抑えながら帰ってくる。
赤い目で痛そうに腰をさすっているピウス枢機卿は、年も考えずに盛り過ぎだった。
ヨハンネス枢機卿なんて、議長に権限を丸投げして自宅から出て来もしない。

「……よって、本件は可決……」

ダレン枢機卿が議案書にサインをして、『裁決済』と刻まれた巨大なハンコを叩き付けた。
――ダンッ!
大理石でできた会議室に反響し、脳天にも轟く大きな音。
リックベルン枢機卿が二日酔いのこめかみを押さえながら、恨めしそうに議長を睨む。
パウアー枢機卿も、死んだように円卓に突っ伏したままだ。

「……では、次の議題……」

ちなみに、この人たちの本当のお仕事は、“国内における俗権力の行使”だったりする。
非常に意外な話だが、(一応は)まともな仕事もしていたようだ。
新しい罵詈雑言を考案したり、会議室で殺しあいを始めたりすることが、職務ではなかった模様。
このことを教えるとみんなびっくり仰天するので、酒場なんかでわりと使える雑学ネタである。

でもまぁ、真面目に仕事をしているかどうかは、全くの別問題であって。
今の五人の枢機卿たち(+欠席者一人)の興味は、部屋の片隅にある大時計にしかない。
――なんとか……。なんとか、昼の休み時間までは持ちこたえよう……――
主義も理想も野望も女の趣味もてんでバラバラな五人(+一人)の心が、今、ひとつになった。

はやい。はやい。はやい。
月曜日の枢機卿会議のお仕事っぷりは、超高速だ。そして、超適当だ。
先刻の塩税五割増税案は、三十秒のスピード可決であった。もちろんぶっちぎりの全会一致である。

「では、次……」
死にそうな顔をして、議長・ダレン枢機卿が新しい議案書をめくる。
パウアー枢機卿は死んでいる。

「シギアラの街、救援要請が出ている件について」
……あぁ。スパッと裁決できそうにない、厄介な案件が出た。
一同、うんざりした顔になる。
パウアー枢機卿は死んでいる。


……
………

わが国の南東部には、アルケサスという急峻な山脈が走っている。
ドラゴンの住む洞窟があるとか、魔界に通じる道があるとか、山を跨ぐ巨大な悪魔の影が目撃されたとか、
古来より物騒な伝承に事欠かない山々だ。
まぁその辺の噂の真偽はどうあれ、魔物がウジャウジャしている危険地域であることには間違いない。
秋から冬にかけては、西向きに吹き下ろす大陸風に乗って、山に棲む魔物達の唸り声が裾野にも響き渡る。
そこからついたあだ名が、『咆哮山脈』。
このエウロパ文化圏を、東方文化圏から分断している自然の要害の一つである。

その『咆哮山脈』の麓に、辺境の街『シギアラ』がある。
ここのところそのシギアラの街が、「たすけろー」とか「なんとかしてくれー」とかうるさいのだ。
なんでも街の周辺でモンスターの数が急増して、被害が続出しているとか。
くだらんことだ。

近年はシギアラに限らず、国内中でモンスターの数が増えているのである。
……別に、封印された魔王の復活が迫っているとか、そんなご大層な原因によるものではない。
魔物を狩る側の人間――すなわち若くて活きのいい男手の数が、減ってきているというだけの話だ。
シギアラは、魔物の総合デパートである咆哮山脈に近いので、戦士不足の煽りをくらっているのだろう。

その人手不足の原因だって、実に単純明快でハッキリしている。
現在、国内外の信徒と兵隊を掻き集めて、南の異教徒どもと戦争している真っ最中だからである。
各国に十字軍を編成するよう呼びかけているのが、何を隠そう、ここにいる枢機卿の方々なのだから。

ともかく。けしからんのは、南のムスリーム教徒たちである!
奴らよりによって、我ら西方正教会が“堕落している”なんて宣言しやがった。……なんたる侮辱!!
『神の教えを守ること』(=『正教会の利権を守ること』)は、神の子たる人の義務ッ!
教会圏内の信徒はこぞって、身命も財産も全部投げ打つべしっ! この聖戦に参加するべしっ!!
ムスリーム教徒は、寛大なる神の慈悲の御許に、赤ん坊からお年寄りまでみなごろしにすべしっ!!

――とまぁ、ウィンラントの国是は、そのように決まっちゃっているわけで。
いまさらモンスターがどうとか、民の暮らしがどうとか言われても、その…………………こまる。


「神の思し召しなればこそ……」
パウアー枢機卿が、おもむろに生き返った。
ガバッと円卓から顔を上げて、彼の座右の銘を口にする。
意訳すれば『面倒だからほっとけほっとけ。なるようになるわ』である。

うんうん。実にいいことを言う。そのとおりだ。
居並ぶ枢機卿の方々もみな、頭を揃えてコクコクと頷いている。
ダレン枢機卿は裁決をとるまでもなく、議案書に『事態ヲ静観スベシ』と書き込み始めている。
そうそう、それでいいや。それでいいや。
別にシギアラが陥落しても、住民が全滅しても、所詮は辺境の街だから誰も困らないし。
パウアー枢機卿も、心置きなく死体に戻ったようだった。


でもその時、ピウス枢機卿がぽそりと、“ソレ”を口にした。
「そういえば、来年は枢機卿選挙があるが……」


――空気が凍る。

その場にいる全員の顔が、一様に真っ青に染まっていく。
議長・ダレン枢機卿は、震える手で修正インクに手を伸ばした。


そうだそうだ、“ソレ”があった。
エウロパ文化圏の東端たるシギアラが“陥落”してしまっては、内外への聞こえが悪すぎる。
間違って失政扱いにされちゃったら、どうしよう? 再選が難しくなってしまうじゃないか。

「神の威光は、かような辺境にもあまねく降り注ぐものです」
モルコフ枢機卿の言葉が、今のみんなの気持ちをうまいこと取り繕ってくれた。
“神”という単語を自分に都合良く使いこなせないと、これからの宗教社会で生き残ることは難しい。

あぁでも、それじゃあどうしよう?
ただでさえも二日酔いで頭が痛いのに、こんな些事で頭を悩ませたくない。
早く昼休みにならないかなぁ……。

そうだ。
――下の者に、押し付けよう。

「本件のような荒事は、騎士団の領域なれば……」
リックベルン枢機卿が、その素晴らしいアイデアを口にする。
哀れな名宛人は、教会組織の下位実行機関である“テンプル近衛聖騎士団”だ。
そいつらに何か適当な手を打たせればいい。失敗したら彼らの責任にすればいい。

みなさん気だるそうに、しかし同時に大きく頷いた。
パウアー枢機卿ですら、円卓に突っ伏したまま頭をコクコク動かしている。
はい、全会一致。
議長は修正インクが乾いたのを確認してから、『騎士団ハ死命ヲ尽クシテ善処スベシ』と書き込んだ

「……では、予算は――?」
ここは、重要である!
体調が悪くとも、予算についてだけは自分達が決める。それだけは、絶対に他の者にやらせるもんか!
どんな時代でも、どんな世界でも、おサイフの紐を握っている人間のことを“権力者”と呼ぶのである。
そして権力にしがみつくことこそが、彼らのお仕事。
枢機卿達はみんなみんな、本当に職務熱心なのだ。

「1000ぐらいで」「1500は多過ぎるか」「300は?」「1200なら」「800が適当では」
いくつか挙がった数字の中から、ダレン枢機卿は迷うことなく一番少ない額を書き込む。
いつもそうしているので、これはもう習慣のようなものだ。反射的にペンが動いている。

『予算、300万クレジット也』

――しかし今回は、さすがの彼も書きながらビックリした。
これは………ちょっと、少な過ぎではあるまいか? いくらなんでも、300万というのは……。
いったい誰だ、今さっき「300」なんて言ったのは!?

だったら訂正しろよな、というツッコミは野暮ってモンである。
ただでさえでも気分が悪いのに、彼もかなり無理をして議長なんかを務めているのだ。
二回も修正インクの小瓶に手を伸ばすなんて、そんな億劫なことはしたくない。
本当は議長だってちょっと席を外して、胃の中のものをゲーゲーしたいところなのである。
でもちょっと目を離すとすぐに、リックベルン枢機卿が議長席に座ろうとするから、うかつに腰を上げられないのだ。

ダレン枢機卿は憂鬱そうに溜息をついて、『裁決済』と刻まれた巨大なハンコを叩き付ける。
――ダンッ!

大理石でできた会議室に反響し、脳天にも轟く大きな音。
二日酔いの四人の枢機卿が皆一斉に、恨めしそうな視線を議長に向けた。

……そしてそんな彼らを尻目に、しずしずと会議室を出て行く者がいる。
さっきからずっと傍らに控えていた、枢機卿書記官である。
ハンコが押されたばかりのその書類を、トレイにのせて運んでいくのだ。
“下の者”のところへ―――テンプル近衛聖騎士団の統合本部へと。







この物語は、そんな月曜の朝にテキトーに裁決された、その一枚の命令書から始まる。





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<1:聖都のとうぞく>


ちょっと待て、盗賊じゃねーよ。
俺の名はトーマ。職業は“スカウト”だ、盗賊じゃない。

まぁ二年前までは「ご職業は?」と尋ねられても、「……盗賊」って答える他なかったんだけどさ。
でもだからって、街道で追いはぎをやっていたとか、夜の聖都でコソ泥やってたとか、そんなんじゃない。
俺が所属している職能組合(ギルド)の公式名称が、“盗賊ギルド”だったってだけのことで。

ともかく、この“盗賊ギルド”っていう呼称が宜しくない。
なんせ盗賊だぜ盗賊、イメージが悪すぎだ。
俺達がいつ、強盗やら夜討ちやら火付けやらロリータ強姦監禁陵辱etcをやらかしたっていうんだよ?

そりゃあさ。ギルドで習得したその手の技能を、人様に迷惑かけるようなことに使う馬鹿は、いる。
でもどんな組織にだって、アホはいるもんだろう? 
それにそういう身内を裏切るような奴らは、俺達ギルド自身でとっ捕まえるように努力してきたんだぜ?
なのに、さ。
この間までは聖都で犯罪が起こると、すぐに「また盗賊ギルドか」とか言われちゃったりしたわけよ。

そんなわけで二年前、うちのギルド長のおやっさんが遂にキレちゃってね。
ギルド員みんなで、大々的にイメージアップキャンペーンって奴をぶちあげたんだ。
俺も夢中になってプラカード掲げて、聖都は花の大レオポルド通りを練り歩いたもんさ……。
「待遇改善を!」「アカデミーは謝罪と賠償を汁!」「腐ったミカンじゃねぇ!」とか適当に書き殴って。
まぁ、若さ故のなんとやらというやつでさ……。

あぁ、それで結果としてはね。
最終的にはおやっさんが上の連中に圧力をかけて、ようやく公式名称の変更を勝ち取れたんだよ。
「盗賊ギルド」から「スカウトギルド」へ。なんとなく爽やかな感じでしょ?
……え、大したことない? いや、大したことあるある!
老婦人に「ご職業は?」と尋ねられても、胸を張って堂々と「スカウトです!」と答えられるじゃないか。
人としてこれはデカイよ、すごく。


   *      *      *      *      *      *      *      *


うん。名前が変わったといっても、お仕事の内容は昔から変わってないけどね。
宝箱の罠を外したり、鍵のかかった扉を開けたりして、冒険パーティーのお手伝いをすることもある。
他には、森歩きをして貴重な薬草を探してきたり。自慢の脚力を生かして、お手紙や荷物の宅配をしたり。
要するに“なんでも屋”だからさ、頼まれれば色んなことをするよ。

でも、ねぇ……。
最近は「スカウト(旧名:盗賊)は弱っちいからパーティに要らない」とか言い出す冒険者が、多いんだよねぇ。

……しかし、分かってないっ! そうゆう人は、業界を全然分かってないっ! 素人だね、素人!
確かにスカウトは、膂力では戦士にとても敵わないし、魔法なんかもからっきし使えない。
でもね、俺達の本当の価値は“サバイバルのプロである”ことなんだ。
万が一に備えて、自分ひとりであらゆる事態に対処できるように心がける。――それが、俺達の職域なの。

ええと、例えばさ。
毒を喰らって一歩も動けないのに、君んとこの僧侶のMPが0だったらどうする?
体内に矢じりが残ってしまって、治癒魔法が効かない場合は誰が摘出手術をする?
森で道を見失ったら? 荒野のど真ん中で水と食料が尽きたら? どうするどうする?
「……先生、考えていませんでした」は、すなわち死だ。
君も冒険者養成所のしおりで、『お家に帰るまでが冒険』という一節を、必ず朗読させられただろう?

そこで奥様、スカウトですよスカウト。
スカウトなら、どこからともなく毒消し草を採ってきて、その場で調合しちゃうことができる。
ナイフ一本とお裁縫セットだけで、応急外科手術ができるよう鍛えられてもいる。
森で迷っても獣道を見つけられるし、そこらへんから食べられる物を見分けて、拾ってくる。

これら緊急事態の一つ一つに対処できる専門家はいても、全てを一人でなんとかできるのはスカウトだけさ。
「こんなこともあろうかと」の一言で、ハプニングを颯爽と解決するのがスカウトの醍醐味なわけ。
だからね、ハイレベルな冒険者ほど、熟練のスカウトを血眼になって探すんだよ?
これ、業界の常識よ?

それなのに、アカデミーの連中なんかはよく、「スカウトって馬鹿ばっか」ってからかうのさ。
ホント、そういうのって偏見もいいとこだ。
そりゃアカデミーの学者さんみたいに机に齧りついて、専門分野をどっぷり研究するなんてことはしないさ。
それでもスカウトの訓練に必要とされる分野は、他のどんな職人よりも多岐に渡り、実践的なんだよ。
広く浅く……現場で役に立つ知識だけを、徹底的に叩き込まれるんだ。

学術では医学、薬学、生物学、気象学、地質学、歴史学、政治学、法律学にまで及ぶ。
物騒な方では、一撃で敵を仕留める暗殺術から、破壊工作や隠密活動に関するスキルも磨ける。
意外に知られていないみたいだけど、古典文学や音楽を学べるコースまであるんだ。
古代遺跡のトラップ解除のヒントなんかは、伝承や民謡の中に多いからね。そういうのも研究している。
――だからよそが考えている以上に、はるかに学究的なのさ。

ね、ね、すごいでしょ?
うわぁ〜、すごいなぁスカウト! 僕もなりたいなぁスカウト! 
すごいよな? すごいよねぇ?

ま、そんなわけで俺は、盗賊じゃあない。


スカウトなんだ。




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<2:貧乏パーティーのせいきし>


「スカウトなんだ」

自己紹介してくれと言われたので、ここまで声を枯らして熱弁を振るってみた。

「……そ、そうなのか。うん、分かった」
「き、気をつけるわね……」

くれぐれも、盗賊じゃないから。分かってくれたか?
俺も満足して、おごってもらったはちみつエールをグッと飲み干した。

――――ぷはぁっ、うまい!

……ところで。
さっきから、ずーーーっと疑問に思っていたんだけど。

「あんたらは、誰なの?」


……
………

ここは、『回る仔犬の尻尾亭』という。
“仔犬は自分の尻尾に噛み付けない”という、伝説の永久機関を描いた看板絵が目印のパブだ。
この意味不明な狭くるしさと、冗談みたいな過疎っぷりが、小心者の俺にはお気に入りなお店。

そして俺の好物、はちみつエール。これだね、これ。
“エール”と言っても、はちみつソーダに生クリームを浮かべただけの、こども向け飲料なんだが……。
この店のはちみつエールは、クリームの量がどこよりも多いのがポイントなのだ。
さらに俺がおかわりを注文しても、お客のいないこの店ではそれほどの羞恥プレイにならない。
人目の多いよその店じゃ、こうはいかないさ。

そんな、三杯目のはちみつエールを注文しようかどうか財布と相談していた、金曜日の夕刻のことだった。
どうしようかなぁと逡巡している俺のテーブルに、おかわりのはちみつエールがぽんと置かれた。

目を上げれば、そこには一組の兄ちゃんと姉ちゃんが。
妙に爽やかな笑顔を浮かべながら、俺にこう話しかけてきた。
「盗賊ギルドのトーマ君だね? 君のことを聞かせてもらえないかな?」
……と。
だからまぁ“スカウト”ギルドについて、しっかりと聞かせてやったわけだ。

四杯目のはちみつエールのおかわりと一緒に、二人の名前を聞かせてもらう。
兄ちゃんの方は、ガシュタイン=なんたらかんたら=うんたら=なんたらベルク、という名前らしい。
姉ちゃんの方は、フレイアード=うんたらかんたら=マリ?んだら=かんたら、という名前だそうだ。
名前を聞いて脳内でノイズが混ざってしまうのなら、導かれる答えは一つ。
――要するに目の前のお二人は、貴族の出身というわけだな。
まー、よくあるパターンのコンビだ。貧乏貴族のくずれで、冒険者に身を落としたという――

「自分は、テンプル近衛聖騎士団第四軍、聖都守備隊に所属している。よろしくたのむ」
「正教会付けで司祭補佐を務めさせて頂いております。はじめまして」



即座に椅子から転げ落ちる。
ぶるぶる震えながら、汚い床に額をこすりつけた。
恥も外聞もあるもんか。卑屈だと蔑みたくば、蔑むがいい。いじめられるよりはマシだ。
わるいこと何もしてないけど、ごめんなさいごめんなさいと謝り続ける。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいボクがわるかったですゆるしてください」
「お、おい!? 急にどうした、トーマ君!?」

肩書きに偽りがないのなら、この二人は正真正銘の中央のお役人である。
役職から言えば、二人とも教会組織の末端階級にすぎない。
それでも俺らのような卑しい下々の者からすれば、まさしく雲上人だ。

お上に逆らうと首が飛ぶ。
ちなみに、逆らわなくても首は飛ぶ。……基本的に、連中はやりたい放題なのだ。
小心者がこの聖都で平和に暮らしたいのなら、お上には可能な限り関わらないようにするのが一番。
貧民出身者には、これは常識のようなものだ。

「お、落ち着いてくれ。我々は、君に害を為すような意思を一切持っていない!」

そ、そんなこといっても……お上はやっぱり、こわいよう。いやだよう。関わりたくないよう。
あんたら――あぁいや、貴方様方は、一体何をしにいらっしゃったのでしょうか?


   *      *      *      *      *      *      *      *


「――というわけで、自分は『シギアラの街救援』の公式ミッションを授かったわけだ」
「……はぁ」

五杯目のはちみつエールをおごってもらっちゃった。
生クリームをぺろぺろ舐めながら、何故か兄ちゃんたちの身の上話を聞かされている俺がいる。

しかしまぁ、この兄ちゃんも難儀なこったなー。
バッタバッタとモンスターをなぎ倒して街を救うような勇者サマには、とても見えないよ。
生真面目そうだが、いかにも閑職やってますって感じで。少なくとも、英雄という雰囲気では絶対にない。

「事情により、予算も人員も非常に限られているミッションだ。
 そこで上層部から、シギアラの街の周囲に魔物除けの『結界』を張るよう命令された」
「結界を施せば、数年は魔物が近寄らなくなるわ。それが私達のミッションの具体的な目的なの」
「……はぁ」

“私達”と言った。するとこのフレイアードという僧侶の姉ちゃんも、ミッションの参加者なのだろう。
まー、そんな大規模な結界を張るのなら、僧侶の力は必須だろうなぁ。

「そんで……。それが俺と、どういう関係があるんです?」
「スカウトギルド長から、トーマ君が腕のいい熟練スカウトだと伺った。君の力を貸して欲しいんだ」
「……はぁ?」

俺の? どこが? 
自慢ではないが、俺は笑っちゃうほどの駆け出しスカウトである。
なんせスカウトの基礎訓練を終了して、まだ三年も経っていない。業界では全くのひよこ扱いである。
冒険者名鑑はおろか、新人スカウト番付にさえも名前が載らない、徹底した無名っぷりを誇る俺なのだ。

普段請け負っている仕事と言えば、例えば街の地下水道のゴミ拾い……とか。
――そこっ、笑うな! 変な人達が住み着いているから、これでも一応危険のある仕事なんだよっ!
他には、聖都のすぐ近くにある森で、きのこ狩りとか……。
あぁ、同じ森で、魔道学院の学生さんたちの遠足を引率したりもするなぁ。

……うん。ろくな仕事をこなしちゃいないよ。
というか、俺のような評価の低いスカウトは、この程度の仕事しか請け負わせてもらえないんだよ……。
だから“腕のいい熟練スカウト”なんて触れ込み、自分自身でも片腹痛くて仕様がない。

「君に是非、我々のパーティーへ加わって欲しいんだ。ギルド長から直々に、君の推薦状も頂いている」
「……見せてください」

――推薦状。
このきったねぇ字、間違いなくギルド長のおやっさんのものである。
そして書かれているのは、確かに俺の名前だ。
……実はあぶりだしで、『ざんねんでした』とか浮かび上がるんじゃねーだろうな?
もしくは俺の名前のとこだけ、水に濡れると消えるインクだとか。
スカウトギルドという処は、そういうことも普通にやらかすので油断がならない。

「報酬は、……その……少ないのだが、前金でこれだけ。あとは、成功時に……これだけ」

さっと手で覆った紙に、さらさらと数字だけが書かれる。
――――なッ!?
なんなんだよその金額は!?

「ち、ちょっとこれ、マジッ!?」
「す、すまんッ! 本当にすまんッ! でも、これだけしか出せないんだ、予算が足りないんだッ!!
 なんとか、なんとかこれで引き受けてもらえないだろうか!? このとーーり、頼むッ!!」

何ヶ月も拘束される危険な公式ミッションの報酬が、どうして今の俺でもひと月で稼げる金額なんだよ!?

「これじゃただの小遣いじゃないですか! いくらなんでも、馬鹿にしてますよ!!」
「そこをなんとかっ! 道中の宿代と食費は出すから、どうかどうか! み、見捨てないでくれッ!」

涙目で縋りついてくる聖騎士。雲上人のお上にしては、妙に卑屈な人だな……。
この人も、ありえないような低予算で仕事を押し付けられて、相当に追い詰められているのかもしれない。
聖騎士様は、空になった俺のはちみつエールのグラスをめざとく取り上げ、六杯目のおかわりを注文した。
い、いや、そんなモノで釣ろうとしてくれてもさ……。

「う〜ん……」
もう一度、おやっさんの書いた推薦状へ目を落とす。
なるほどぉ……。話しの流れが、段々と見えてきたぞ。
こんな仕事だから――“俺”なのか。

公式ミッションに参加するということは、けっこう内外に注目されることでもある。
政府の公認パーティーとなるわけだから、自治体にしろ他のパーティーにしろ、ぞんざいには扱えない。
さらに公式の書類に、俺の名前と冒険の経緯と結果が記録され、保管されるのだ。
ミッションに成功すれば、その辺のせこい仕事とは比較にならない程の評価を得ることができる。
だから――“俺”なんだ。

うだつのあがらない、ひよこスカウトの俺に重要なのは、報酬の多寡じゃない。
大きな仕事をこなした経験と――そして周囲からの評価なんだ。
この推薦状は、俺に対するいたずらでもからかいでもなく、おやっさんからの餞別だったんだ。
そろそろこういう仕事もやっておけ、という……。

「……具体的には、何をするんです? 想定される脅威は?」

鼻水を垂れ流していた聖騎士は、ぱあっと顔を輝かせて豪快に笑い始めた。げんきんだ。
……というか、この人本当に聖騎士なのだろうか? あまりにも貧乏性にすぎるぞ。

「うむっ! 結界を張るには、“輝石”という鉱石が必要になるんだ。それを拾い集める!」
「“輝石”とは、聖なる領域に自然発生する結晶体よ。
 太古の地下聖堂とか、聖なる寺院の廃墟とか……その類のダンジョンに転がっているのを、よく発見されるの」
「目撃情報を集めては各地を巡って、その様なダンジョンに潜る! 輝石はたくさん要るぞう!
 よって、アンデッド系のモンスターと戦う機会が多いだろうが、僧侶のフレイが居るから心配ない。
 他には……やはりゴブリンだな。強くてホブゴブリン辺りが、立ち塞がる脅威と予想される」

ホブゴブリン――そのぐらいなら、必死になれば俺でもなんとかなる。
しかし障害となるのがモンスターだけとは限らない。冒険者に襲い掛かかる無理難題は、実にさまざまだ。
そしてそんなアクシデントからパーティーを守り抜くことが、スカウトの仕事である。
このような大きな仕事、本当に俺の力でやりこなせるのだろうか……。

脂汗を浮かべながら、必死の形相で、自分の財布の中身と俺の顔色とを見比べているガシュタイン様。
断腸の思いで意を決したように、俺の空のグラスを取り上げて、七杯目のはちみつエールを注文した。
こ、このパーティーの財政事情は、マジで大丈夫なのか……?

「な、な? やってくれるなっ!? 我々のパーティーに、参加してくれるなっ!?」

…………。
思わず、目を閉じる。
俺を支えてくれている、さまざまな人達の顔。姿。面影――。
浮かんでは消え、たゆたうように流れていった。

おやっさんの心遣い……。スカウトギルドの悪友たち……。
ミリィはこの仕事を受けたら、どんな顔をするのかな? すごいすごいって、喜んでくれるだろうか?
リサの奴は、先を越されそうだと悔しがるのかな? それとも俺の身を案じて心配してくれるだろうか?
俺の評価が上がって有名になれば――三人の夢にも、また一つ近づけるのだろうか?

……。
…………。


――――母さん――――。


母さん、俺は……。





目を、開けた。

「やります」




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<3:緑野の波>


>一週間後
>聖都ウィンラント、西門前


「ミリィ、もうここまででいいよ」
「うん。……ポーション、いつでも飲めるようになってるよね? ちゃんとハンカチ持った?」
「だ、だいじょうぶ……だったかな? ええと」

こちとら筋金入りの小心者である。そう言われると心配になってくるじゃないか。
というか、彼女はこういう時に限ってお姉さん風をふかせる。普段は自分の方がおたおたするくせに。
リサは来ていないんだからさぁ、折角だから、こう、いってらっしゃいのキスとか――
――してくれるわけないよなぁ、絶対に……。

「ン、革鎧の金具が緩んでるよ……。駄目だぞぉ、ちゃんとしてないと」

懐に屈み込んで、ごそごそと俺の身繕いを始めるミリィ。髪の毛から漂う、いつものハーブの香り。
西門の守衛をしている顔馴染みのキーストンさんが、にやにやしながら俺達を眺めている。
……てか、おっさん気を利かせろよッ!

「いってらっしゃい、トーマくん。……気をつけるんだぞ?」
「あぁ」
「パーティーの人たちに、迷惑かけちゃだめだぞぉ?」
「わかってるって」
「うん。がんばってねっ」

緩み始めていた頬を、パンパン叩いて引き締めてから、城門をくぐる。
俺の旅の、始まりの日のことだった。


……
………


   *      *      *      *      *      *      *      *


さらさらと。

さらさらとなびく、見渡すかぎりの一面の草原。

――まるで、波打つ緑野の海。



天気のいい朝だった。
空の蒼と。勢いよく流れてゆく雲の白と。ただ波打つばかりの、草の緑。
三色が広がって、広がって、どこまでも広がっていくだけの世界。

「――風、強いなぁ」

立ち木の下に、よっこいしょと腰を下ろす。
少し早く来すぎたかな? ……いや、ものすごく早く来すぎたようだ。
太陽の位置からして、待ち合わせの時刻まで一刻以上ある。
小心者根性ゆえに、初仕事から遅刻して不興を買ってはいけないと気負いすぎてしまった。
こんなに時間が余るのなら、もう少しミリィとイチャイチャしていてもよかったような……。

「な、なんか、いざとなると緊張するな……」

聖騎士に勧誘されたあの日から、もう一週間が経つ。
そして今日、街外れのこの草原から、俺たちパーティーは初めての旅へと出発する。
今回の旅の目的地は、北部山岳地帯にある『聖ミコラスの洞窟寺院』というダンジョン。
そこへ赴いて、輝石を採取して、聖都に帰還する――往復で約三週間の行程になるそうだ。

しかし計算によれば、それでも輝石は全然足りないらしい。
だからまた聖都で情報を収集して、新たな目的地を設定して、そこへ輝石を拾い行く――
それを何度も繰り返していくのが、ガシュタイン様の計画だった。
……実に、気の長い話である。
そらマジで半年以上かかるわ。その前に、肝心のシギアラが壊滅しちゃうんじゃないかと。

予算さえあれば、あちこちの商人から輝石を買い集めることもできるんだけどなぁ。
なのに全然お金をもらえないから、わざわざ時間をかけて、自分の足で拾いに行かなければならない。
こんなミッションに金をケチるなんて、上の連中は頭がおかしいんじゃねぇか?
貧民出身の俺には、その辺の“神の御心”ってやつが全然理解できねーや。


「それにしても、みんなまだ来ないのかなぁ……」

聖騎士ガシュタイン様をリーダーとして、僧侶のフレイアード様と、スカウトである俺……
……そしてあともう一人、魔法使いの人が合流することになっている。
なんでも、魔道学院の学生さんが志願してくれたとか。

本音を言えば、やっぱり冒険者経験のある魔法使いが望ましいんだけどな。
しかし贅沢は言っていられない。魔法使いという職業は、どこでもひっぱりだこなんだから。
魔道学院の学生さんなんかは、国からものすごい補助金を貰っている超エリート集団だったりする。
だから彼らは、官僚になったりアカデミーに進学したりするのが常で、
冒険者のようなキツイ・キタナイ・クサイ・キケン・金がないの5K職を、わざわざ選んだりはしない。

それでも冒険者になろうとする数少ない魔法使いを、有名どころのパーティーと奪い合うわけだ。
対モンスター戦においては、魔法使いは主戦力であると言っても過言ではない。
だからどこのパーティーも、才能ある魔法使いの青田買いに必死なこと必死なこと。
まだ学生さんとは言え、俺たちが一人確保できただけでも奇跡に近いかと。

いやいや、俺にもろくに給料を支払えないという、低予算ミッションなんだ。
そんな状態で魔法使いを雇えたのは、まさに奇跡そのものと言える。
……あの聖騎士め、今度はどういうみっともない泣きつきかたをしたんだか……。

………
……


びゅうぅ――と、横殴りに突風が駆け抜けた。
せせらぎだった草の海が、時に津波となって、引き潮と満ち潮を繰り返している。
俺の髪の毛をばたばた乱して、どこまでも緑野を薙いでいく一陣の風。

「――今日は本当に風が強いなぁ」

聖都ウィンラントは、ウィンラント大平原の真っ只中に位置する都市だ。
宗教都市として、国際都市として、陸上交通の便を重要視した見通しの良い立地である。
そのため、北部山岳地帯から吹き降ろす交易風を遮るものは、殆ど存在しない。
この季節には突風が大平原を突っ切って、南のアドニア海に出るまで一気に吹き抜けていく。

城壁に囲まれた聖都の中にいると穏やかなものだが、街の外周はひどいもんなんだ。
城壁に跳ね返された風と吹き降ろしてくる風が激突して、もう乱気流状態。
今日なんて、ぼーっとしていると俺まで吹き飛ばされそうだ。


「ひまだー」

そんな俺の呟きも、吹き荒れる春の風に掻き消された。
こんなに空き時間があると、さっきミリィに注意された忘れ物の話が、気になってくるじゃないか。
昨日寝る前にチェックはしたんだが……こういうのは一旦気になると、座りが悪くて仕方がない。
背負ってきたサックの口をあけて、中を覗きこんでみた。

ミリィの特製愛情たっぷりポーション(はちみつ味)×10――ちゃんとある。
各種どくけしそう。ヒソップ、ベルベーヌ、セージ、セボリー――ちゃんと揃っている。
……この手の消費物資は、俺だけが使うものではない。
緊急時には、パーティー全員で使いまわしてもらうためのものだ。
サバイバルのプロとして、あらゆる事態に対応できる装備を用意していくことが、スカウトの仕事の一つ。
また、現地でも状況に応じて薬物の調合ができるように、乳鉢のような器具も持参しなくてはならない。

次はなんとなく、手弓の弦をかけなおしてみる。
俺はどうにも弓という武器が苦手なので、持っていても大して役に立たないのだが……。
遠距離戦なら、投げナイフの方が得意だな。――あぁ、そっちの方も数を確認しておかないと。
それからそれから、ダガーも三種類ちゃんと持ってきたかなぁ……。狩猟用、戦闘用、暗殺用、と……。
毒薬の使用期限、切れていないか確かめておかないと……。
発煙玉、しけってないかなぁ……?

あれも、これも、それも、どれも。
小心者根性丸出しで、一度チェックし始めたら持ち物全部を確認するまで止まれない。
サックの底をひっくり返すようにして、次から次へとアイテムを引っ張り出して吟味していく。


さらさらと揺れる、一面の草原の海。

緑野の波の中に、スカウトのお道具がどんどんどんどん散らかっていく。


   *      *      *      *      *      *      *      *


――風が吹き荒れる。

「おわわわ、わっ!? ……とと」

座り込んでいる俺まで、なんだか持ち上げられそうになる強風だった。
風に煽られた発煙玉が、ころころと転がっていく。
あー、いかんいかん。夢中になって持ち物を広げすぎたかな。
こんなに散らかしたままじゃ、肝心のアイテムを持って行かれそうだ。
荷物をまとめようと、慌てて辺りを見渡す。


……そして、気づいた。


一人の少女。
春風の駆け抜ける草原に、佇んでいる。
いつからそこで、そうしていたのだろうか。俺を見つめてはにかむように微笑んでいる。


一面にそよぐ草の“緑”の波間に、ぽつんと、彼女の姿だけが“赤”をなびかせて。
まだ真新しい赤宝玉の杖を、か細い両腕に重たそうに捧げ持って。
濃赤色のブラウスの上には、胸元をリボンで結んだ白のケープ。
春風にひらひら揺れている、赤いプリーツのミニスカート。
少女特有のしなやかな脚線美をみせつけて……少し、目のやり場に困った。

そして……そして、大きなつば広の魔法使いの帽子。
赤い帽子の……まほうつかい……。


「……あ」

思わず立ち上がる。
格好からして、どう考えても魔法使いの人だ。
あの子が……俺たちパーティーの“四人目”に違いない。
でも、まさかあんな女の子だとは……。

見たところ、年はまだ十五か十六の辺りだろう。
魔道学院の学生とは聞いていたが、聖都の街角を普通に歩いていそうな普通の娘さんじゃないか。
あんな子を冒険の旅みたいな荒事に連れ出して、本当に大丈夫なのだろうか? ちょっと心配だ。
俺の方でも、ちゃんと気を配ってあげなくちゃいけないなぁ。

……あ、それよりもまずは、ちゃんと挨拶しとかないと。
人付き合いで大切なのは、ファーストインプレッションだ。初対面の印象は、後々まで尾を引くからな。
初めて一緒に旅をする仕事仲間なんだし、粗相があってはならない。
爽やかに、紳士的に、そして礼儀正しく、自己紹介しないと。

どちらかがもう少し歩み寄らなければ、まだ“出会った”とは言えないぐらいの距離。
そんな距離から、ずっと俺のことを見ていた彼女。
近寄って話しかけようと、俺は一歩踏み出して――


―――また、風が吹く。


突風が、俺たち二人の間を駆け抜ける。
吹きすさぶ、息も詰まるほどの荒々しい大気の猛り。
少女は身をすくめて、慌ててスカートの裾を押さえた。

そして……飛んで行く。
飛んで行く。とんでいく。風に巻き上げられた、少女の帽子。
ひらひらと空を舞う、魔法使いの赤い帽子。

「――うお、お、おっと!?」

俺の頭上に飛んできた。
跳び上がって、手を伸ばす。
つばに指がかすったのに、あとちょっとのところで届かない。届かない。

空に舞い上がる、赤い帽子。
蒼く澄み渡る空に、一点だけ滲ませた赤インクのような。
そんなシミもどんどん小さくなっていき、やがては溶け込んで、ただ青一色になってしまいそうな。
それでも高く、たかく、どこまでも舞い上がっていく。


……まずいな。
放っておけば、丘を越えて城壁を越えて、どこまでも飛んで行きそうな勢いだ。
少女は悲しそうな顔をして、乱れる髪とスカートを押えながら、赤い帽子を見上げている。

ど、どうしようどうしよう……。
こういうトラブルに直面して即座に機転を利かすことこそが、スカウトの職人魂だ。
慌てて何かないかと見渡した俺は、地面に広げられたお道具の一つに目を向けた。

――フック付きロープっ!!
ロープの先端にカギ爪をつけたものだ。
フックを引っ掛けて物を引き寄せたり、高い所に登ったりできる――いかにもスカウトっぽいお道具の一つ。
……しかし実際にはかなりの熟練を要するアイテムで、予想以上に使い勝手はよくないんだけどね。

そのロープの端をぶんぶん振り回しながら、空を舞う帽子に狙いを定める。
気合を込めて――放り投げる。

「とうっ!」

フックの頼もしい金属の重みは、吹き荒れる風の煽りにも怯まない。
ひょーーーんと、一直線に魔法帽の元へ飛んで行く。

――ぼこっ
そんな音がして、見事カギ爪が帽子にひっかかった。

――ぼすんっ!
そんな音がして、見事地面に落ちてきた。

――ずるずるずる……
そんな音をたてて、俺はロープを引き寄せる。

よーしよし、うまくいった! このフック付きロープを上手く使いこなせたのは、これが生まれて初めてだ。
こりゃあ、これから始まる冒険の幸先も良いってもんだぜっ!
俺は得意になって、少女の赤い魔法帽を拾い上げた。


……
………


――――風が、凪ぐ。


荒れ狂っていた風の妖精たちも、そんな二人の間で静まり返って。
あとはもう、さらさらとなびくだけの、草の海。

少女は、乱れた髪を撫で付けて。
俺に向かって、嬉しそうにほころんだ。

駆け寄ってくる。

赤の少女が、緑の波を抜けて、駆け寄ってくる。


だから、俺は――


俺は――畏まって彼女を迎えたんだ。
初対面の印象を、少しでも良くしておきたかったから。

俺の側まで一気に走ってきて、息を弾ませている彼女――近くで見ると、ハッとするほどに美しい少女だった。
瞳の色は、透き通るようなサーフグリーン。
俺の顔を見上げて、きらきらと輝いて、その名の通りに波打っている。
俺達を取り巻く緑野のように、瞳の中でなびいている……赤い少女の、もう一つの彩。

綺麗に切り揃えられた髪は、この旅のために短くしてきたからであろうか?
肩口にかかる程度のヘイゼルブラウンの髪に、この赤い魔法帽はよく似合うのだろう。
拾い上げたその帽子を差し出しながら、そう思った。

「あ、あの――――はじめまして。スカウトの、トーマです」

なんだか緊張しているのが、自分でも分かる。
空の咳払いをして呼吸を整えてから、改めて彼女に尋ねてみた。

「あの、貴女のお名前は?」

少女の目が、さらに大きく見開いた。
そのサーフグリーンの瞳に、思わず引きこまれそうな気分になる。

「ば――」

よく通る、オクターブの高い涼しげな声だった。

「バ?」

……バーバラ? バジル? それとも……

「ぶわぁかぁぁぁぁあああああああああああああっ!!!!!」



何が起こったのか、すぐには分からなかった。
次の一拍で、俺の頬に赤宝玉の杖がめり込んでいた。



顔面を抉られて、宙を舞う俺。たっぷりと二回転半は錐揉みする。
空と大地が引っくり返った、スローモーションでまわる世界の中で。
美少女の鬼のように歪んだ形相を、俺は確かに垣間見た。
その手に再び振りかぶられている、赤宝玉の杖。
……く……空中コンボで追い討ち――

「なん、で……?」

――どちゃっ!!
鈍い音と一緒に、大地へ熱烈なキスをした。




巨大な穴の開いた、赤い帽子。


そんな俺の傍ら、緑の波間へ、ひらひらと舞い落ちる。




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<4:旅路>


>一週間後
>北部山岳地帯、山間の街道



――「……ちょっと、そこのキミ」


「マジ? ガッシュの初陣って、そんなに悲惨だったのかよ?」
「そのとおり! おかげでその後、一年くらい女性不信に陥ったぞ……」
「ガッシュはねぇ〜。このフレイおねえさんにも、しばらくは近寄らなかったぐらいなんだよ〜?」


――「……ねぇ。そこのキミだよ」


「そもそも、どうしてそんな状況になったんだよ?」
「そのメイドはな、当時俺の上司だった“メレディス枢機卿”のお屋敷で働いていたんだよ。
 彼女は、とある若い貧乏絵師と結婚の約束をしていたらしいのだが……」
「枢機卿のお嬢様が〜、その絵描きさんを〜、見初めちゃったわけなのよね〜」


――「……キミ、返事くらいしなさいよ」


「略奪したのか?」
「……まぁ、そういうことになるのかな。そのお嬢様は“クレア嬢”というのだけれどな。
 絵師の青年は、このクレア嬢に心底夢中になってしまって、メイドをあっさり捨てたんだ。
 美しく、気高く、しかも自分のパトロンになってくれるお嬢様だからなぁ。無理もない」
「そんなの、ゆるせないわよね〜。一度交わした契りを破ったら、神の報いは受けるべきよね〜」
「……メイドにとっては地獄だな。睦みあう二人を前にして、それでも使用人として傅かねばならない」
「もっとゆるせないのは〜、そうやって人の彼氏を奪って、自分だけ幸せになろうとしている女よぉ」


――「……ちょっと。ちゃんと聞こえているんでしょう」


「そ、それで、どうなったんだ?」
「……ある朝のことだ。メイドはいつものように、クレア嬢の部屋へ洗顔用の桶を持って行った」
「その桶の中にはねぇ〜。お湯の代わりにぃ、知り合いの錬金術士に譲ってもらった……」
「強酸が」
「………」
「何も知らずに、じゃぶじゃぶと顔を洗ったお嬢様はぁ、ひと擦りでその美しい肌が焼けただれてぇ……」


――「……返事しなさいよ。そこの、役立たずの盗賊!」


「し、死んだのか!?」
「甘いわねぇ、トーマは。ひと思いには死ねないように、強酸の濃度を薄めてあるのよ〜?
 苦しみにのたうちまくってぇ、痛さに耐えかねてぇ、自分のただれた顔をかきむしったの。
 頬骨が剥き出しになるまで、自分で自分の肉を、ガツガツガツガツと、かきむしったのぉ……」
「……うわ……」
「ベッドサイドではねぇ、当のメイドが傍らに佇んでぇ、二タァァァリと微笑んでいたのぉ〜。
 手にはギラギラ光る肉包丁――火曜の肉市で肉屋が持っている、アレね?――その肉包丁でねぇ……」
「……おい、フレイ。トーマをあまり怖がらせ過ぎるなよ?」
「うふふっ。トーマも男のコなら、おイタしすぎるとこーゆー事件が起きるわよ? 誠実に生きなきゃ」

フレイおねえさんが、おどろおどろしく両手を垂らしながら、さも楽しそうに語ってくれた。
そ、そういえば、ミリィもかなり嫉妬深いからなぁ……。
俺も余計な誤解を招かぬように気をつけよ……。


――「……聞こえているのに、無視しているでしょう!」


…………。
……そのとーり。


   *      *      *      *      *      *      *      *


聖騎士ガシュタインと、僧侶のフレイアード。
共に行動をするようになってから一週間が経つが、この二人とはかなり打ち解けることができたと思う。
二人とも実に気さくな、いい人たちだ。


“ガッシュ”こと聖騎士ガシュタインは、今年二十四になる兄ちゃん。
初めて会った時からそんな感じはぷんぷんしていたが、この人かなりの苦労人だった。

ガッシュの家は、ご先祖さまの代からぶっちぎりに由緒正しき“無名貧乏貴族”の家柄なのである。
その暮らしぶりはハッキリ言って、貧民出身である俺とそう大差ないか、むしろそれ以下だ。
しかもなまじ“貴族”なんて肩書きを持っていると、それなりの体面ってモンが要求される。
そうじゃないと貴族名簿から抹消されて家名が保てないし、そもそも職にありつけないからだ。
そんな余計な出費を迫られて、それでも病弱な両親と五人の妹達をたった一人で養っている。
役所でのお勤めが終わると、家に帰って夜遅くまで内職……そんな毎日らしい。

このご時勢で、聖騎士のくせに十字軍に参加していない理由も、その貧困っぷりにある。
ガッシュも最初は従軍しようと思い、万が一戦死した場合に貰える遺族年金を緻密に計算したそうだ。
ところがとても家族全員を養えないと分かったので、聖都守備隊(通称負け犬隊)に志願したのである。
死ぬにも死ねない身の上とは、まことに涙ぐましいことで……。
しかも下手に聖都に居残っていたせいで、こんな厄介なミッションを押し付けられたわけだから、
トコトンご苦労さまな人である。

そんな彼の今の夢は、ミッションを成功させてお給料のアップを嘆願することらしい。
あぁ、うんうん、いいじゃないか! 頑張ろうじゃないか!
このリーダーの身の上のためにも、お仕事を成功させようって気にさせられるよ……。


……
………

そしてこちらは、僧侶のフレイアード。
通称“フレイおねえさん”は、ガッシュの幼馴染で、彼と同い年の女性だ。
この一週間ああだこうだやっているうちに、いつのまにか“おねえさん”と呼ぶ習慣がついてしまった。

一見すると真面目で敬虔で優しげな、典型的な女僧侶なんだが……
これでなかなかなまけものだし、のんびりやさんだし、放って置くと日がな一日ぼーっと呆けている。
まぁなんというか、マイペースな人である。

それでもやはり正教会の僧侶様だけあって、その信心深さ――というか狂信っぷりは――伊達じゃない。
毎日毎日、夜も早よから引き篭もって、遅くまでずーーっと一人でお祈りを捧げるのが日課なのだ。
俺も本当は居眠りしているだけじゃないかと疑っていたんだが、近づけばちゃんと祝詞を呟いていた。
やるときはやる人なのか、他にすることもないからしょーもなく祈っているのか。
本当のところが、イマイチよく分からん人ではある。

もっとよく分からんかったのは、この人がミッションに参加している理由だった。
ほとんど無報酬で働かされるという、労働条件劣悪なことこの上ないお仕事なのである。
めんどうくさがりやのおねえさんがわざわざ出張ってきたのには、余程の動機があったはず……
……なんだけど、その謎については、この一週間の付き合いでもう読めた。

――ガッシュがいるから、なんだ。
こんな仕事を押し付けられた幼馴染を見て、いても立ってもいられずに付いて来てしまった、という感じ。
つまりはこの二人、『そういう関係』みたいである。何だかんだいって、らぶらぶなんだ。
“奴らは既に、ヤっている”――俺のスカウトの嗅覚が、そう告げている。

……しかし腑に落ちないのは、それでもまだまだ結婚するような雰囲気にはないということ。
おねえさんもそろそろ“嫁き遅れ?”の称号にかかる頃合だし、生真面目なガッシュらしくもないんだが……。
まぁその点についてはおいおい隙を見つけて、ガッシュ本人からズバリ聞き出してやるつもりでいる。
ケーッケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ。


……
………

……と。
これが俺の、たいせつなお仕事仲間たちだ。
色々と困ったところもあるが、基本的に二人とも気のいいやつである。
たった一週間の親交でも、それだけはもう、ハッキリと断言できる。

だって本来ならこの二人、俺とは天と地ほどにも身分が違うはずなのだから。
彼らに頭ごなしにコキ使われて、使い捨てにされていても文句は言えないのだ、俺は。
神様は、その御許で万人は平等だと仰った――
――だから俗世間ではどんなに差別されてもそれに従え、というのが教会の連中の言い分なのだから。

なのに、この二人はちがった。
こんな風にタメ口で相手をしてくれる。まるで友人のように振舞ってくれる。
絶対に、俺を奴隷のようには扱わない。

お上にこういう人たちがいるなんて、正直思ってもみなかった。
実際、パーティー内に役人がいると、貧民出身の冒険者はいびり倒されるケースが多いんだ。
初めての冒険者としての仕事を、こんな人たちの下でこなせる俺は、すごく運がいいと思う。

ともかくガッシュとフレイは、俺の周りには今まで居なかった立場の人間なんだ。
この二人の目から見える世界・見聞・知識は、俺にとってはまったく未知の領域だった。
貴族のスキャンダルの話、上の連中の秘密の話、聖都の怪事件の真相などなど、様々な珍しい話を知っている。
どれだけ話をしていても、飽きることはない。
今も俺は夢中になって、ガッシュが初陣として関わったという愛憎劇に聞き入っているところなのだ。


   *      *      *      *      *      *      *      *


――「……さっきから呼んでいるのに、本当に盗賊は失礼なんだね」


「メイドはブリテインへ逃亡したんだよな。男の方は、それからどうしたんだ?」
「経緯はどうあれ、彼こそが事件の発端なんだ。そりゃ、聖都には止まれんよ。 
 青年に残された選択肢は、どこまでもメイドと一緒に駆け落ちすることしかない。
 ……あるいはあの女のことだ。そこまで計算して、クレア嬢を殺害したのかもしれんな」
「かくして二人は西へ西へ逃げたのよ。ドルバ海峡を越えて、ブリテイン島へと愛の逃避行〜」
「それを追いかけるために、ガッシュが狩り出されたわけか」
「枢機卿が怒りで我を忘れていてなぁ……。深夜に叩き起こされて、何が何だか分からないうちに出撃だ。
 一週間、不眠不休で早駆けをして、五回ほど馬を乗り潰してなぁ……。ケツの皮なんてボロボロになった。
 そうして辿り着いた港街カーレで、船を接収するのにこれまた一悶着あってだな。
 ようやくドルバ海峡へ乗り出したと思ったら――」
「ブリテイン海軍に包囲されて、全員すっぽんぽんの丸裸にされたってわけか……」

まぁ、立派な領海侵犯だ。
殺されなかっただけでも、めっけものだよな……。
ブリテインは独自の国教会を持つ異端の国だから、西方正教会の威令も及ばないし。


――「……いい加減に、こっち向きなさいよ!」


「そりゃお前もトラウマになるわなー。その二人も、今頃はどうしているんだろうな」
「おっ。知りたいのかね、トーマ?」
「……な、なんだよ?」
「二人のその後の話には、ちょっと妙な噂があるんだよ」
「……あぁ、“アレ”ねぇ〜。私もさすがに、“アレ”は眉唾だと思うんだけどねぇ〜」
「な、なんだよ二人して。勿体ぶるなよ」
「別に、勿体ぶってはいない。その後の二人を見た者はいないという事だけしか、確かな情報は無いんだ。
 枢機卿の手の者に暗殺されたのかもしれんし、どこかに隠れて静かに暮らしているのかもしれん」


――「……こっち、向きなさいッ!」


「消息不明ってンなら、やっぱ野垂れ死んでんじゃねーの?」
「かもな……。ただブリテインには、その青年が描いたと言われる絵が、一枚だけ残っているんだ。
 題名は『赤いドレスの女』。絵の女性の顔を見れば分かるが、モデルは件のメイドらしい」
「……それで?」
「その絵を見たある人が、こう言った。――『この赤いドレス、血で描いたみたいだ』と。
 確かに“赤”というには赤黒く変色しすぎていて、なにか生々しい色合いにも見える」
「ふん……」
「違う絵の評論家は、こう言った。――『この絵の構図は人の顔をしているみたいで、薄気味悪い』と。
 確かに、絵の中の造物や人物配置を遠目で見ると、全体で人の顔のようにも見える」


――「…………向……てよ…………」


「なんか、話の先が読めるんだが……」
「そこでねぇ。額から絵を外して、裏返してみたのよ。そしたら――」
「絵師の顔が。苦悶を浮かべた断末魔が。べったりと血塗れで、染み付いて跡になっていた“らしい”」
「……やっぱり」
「裏地から滲んだ血の跡を、赤いドレスの絵の具として流用していたのだろうな。
 そして染み付いた顔の輪郭をなぞって、そのまま絵の構図として使用したわけだ」
「……け、結局その男、殺されちまったってことじゃねーか」
「噂どおりならば、そうかもな。――だがトーマ、この話のポイントはそこじゃないぞ?」
「は……?」
「いったい誰が、その絵を、描いたんだ?」


――「……………………………………………………………………sol」


「はぁ……?」
「絵を描いたのは、誰なんだ? 青年の死に顔のシミが付いた後に、絵が描かれたことになるんだぞ?」
「……」
「誰が、描いた?」
「……そりゃ……。そりゃ、その男以外の誰か、だろう……?」
「うむ! いい答えだぞ、トーマ! ……ちなみに、だ。
 その絵の画風に、青年独自の特徴が極めて強く出ていた点は、気にするんじゃないぞ?
 表地の絵の“上に”、小さく彼の筆跡でサインがしてあった点も、考慮に入れるな。
 それら矛盾する事実には、気づかないフリをするんだ。死んでいた彼が、絵を描けたはずないのだから」
「……」
「きっと青年を殺した奴が、キャンバスの裏地に死に顔を押し付けて、そのあと絵を描いたんだろう。
 それでいい。それで正解のはずなんだ。――――だが」
「そうは思えない人もまた、いるわけなのよね〜」
「……」
「青年が死んでいるとしたら、連れ合いの女はどうしたのか? もう一度、その絵をよく見てみるとだな。
 絵の中の女性は幸せそうに微笑んでいて、目を輝かせていて……生き生きとしている。
 ――いやまるで、本当に生きているみたいだ。もしかして……この絵の中で生きているのでは?」
「嫉妬に狂ったあげく、聖都であれだけの騒ぎを起こした女の子ですものぉ。
 その絵描きさんを愛して、愛して、どうしようもない程に愛してしまって……。
 永遠に一緒に居たいがために、『自分と彼を絵の中に閉じ込めてしまった』のではないか、と――」
「……まぁ噂だからな、うわさ。人々のセンチメンタリズムの産んだ、妄想話だよ」
「そ、そうだよな! なんかありがちで、つまんねーよ! ハハハ……」
「うむ。だがトーマ、話の本番はココからなんだぞ?」


――「……sol scabiea molgon kum elmsoras arg et bullwe regites et」


「ちょっと待て、どこまで続くんだよその話はッ!?」
「だから、ココからが本番だと言っているだろうに。
 その絵なんだがなぁ。やっぱり、おかしいところがいくつかあるんだ。
 例えばその、ドレスの女の顔な。 
 よく描けているのだが、顔の角度とか、明度とか、彩色とか、周囲と微妙にズレているんだな。
 それにその部分だけ、妙に厚塗りされている。
 専門家の見立てでは、元は違う人物が描かれていたのではないかということだ」
「………」
「そして話が戻るのだが。さっき、絵の上に小さくサインがしてあったと言ったよな?
 さて、何が書いてあったと思う?」
「じ、自分の名前じゃねーの?」
「『愛するクレアに捧ぐ』……だ。ただし――」
「『クレア』の部分を、誰かが塗りつぶそうとしているの。そして上から、血文字で別の字を書いているのよ……誰かが」
「『   メ  、  ア  、  リ   』と」
「……」
「……」
「……」

「さぁてトーマ! 遅くなったが、俺の初陣を台無しにしたメイドの名前を教えよう! 彼女は――」
「い、言うなっ! 言わんでももう分かる!!」


――「……scabiea tinged faphom ray'galz exe-powmx da――」


「よ、よくある類の、ただの怪談話になってるじゃねーか! 馬鹿馬鹿しい!
 大体うわさうわさってさぁ、実際にその絵を調べてみれば、一発で分かることじゃないか?」
「ハッハッハッハ! いやー、まったくそのとおり! でもまぁ、そうは簡単にいかなくてな。
 少し前までは一般公開されていたんだが、今は何故かブリテイン国教会によって封印されているんだ。
 A級危険呪物に認定されてしまったんだと。だから確かめようもないのさ――ハッハッハッハ!」
「そっか、なら仕方ないよなぁ。――って! その措置が真相を物語っているじゃねーかッ!! 
 ま、マジな話だったのかよ!?」
「まぁまぁ、落ち着けトーマ。“A級危険呪物”だぞ? ならば断言できる。
 真相は間違いなく、こんな噂話よりもはるかに――――――――――――――――ヤバい」
「……」
「そんなわけだから、この程度の噂話でお茶を濁しておく方が幸せなのさ! ハッハッハッハ!」
「どんな呪いがかかっているのかしらねぇ〜。今頃絵描きさんは、どうなっているのかしらねぇ〜」

……こええよぉ……。
女の執念って、こえぇよぉ……。
お、俺ってば小心者なんだからさぁ、こういう話を聞くと、どうしてもお尻の辺りがムズムズと……
ムズムズと――


――「ray'galz exe-powmx da――KOLISッ!!」



……
…………え?

殺気を、感じた。
その時、はじめて、背後を振り向いた。

赤い帽子の、魔法使いが。
顔を真っ赤にして、身を震わせている少女が。
赤宝玉の杖を、俺に向って、振りかざしているところだった。

『KOLIS』――『掻痒(そうよう)』の魔法。
対象者の皮膚を刺激して、激しいかゆみを発生させるレベル1の魔道魔法。
攻撃力とか殺傷力は皆無に等しいが、精神衛生上たいへんよろしくない“いたずら魔法”。

………………あ。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあぁッ!?」

か、痒いッ! かゆッ! かゆっ!! かゆぅぅううううッ!!
全身――特に背中に集中して、何かが這いずり回る感触が俺に襲いかかる!
髪の毛からアソコの毛まで、体中の体毛が逆立つ!

お、おのれ、メイプルッ! コイツまたッ!?
ちょっと痒っ!! ストップストップ、まじでタンマ、ロープろーぷッ!
かゆっ、かゆいっ! 痒いィィィイイイ!

じたばたじたばた、かゆいところに手を伸ばす――背中、せなか、せなか………届かねぇえええ!!
俺の場合、上半身に革鎧を着込んでいるから、背中をかけないんだ!
ポリポリするためには鎧を脱がなきゃならないが、痒みが邪魔して金具に手がかからないッ!!
あ、あ、あっ、あ゛あ、あああ゛
あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!


――こうして、たっぷり小半刻ほどの間。
陸に打ち揚げられた魚のように、地べたをのたうちまわることになった俺。
そんな俺を見下ろすのは、冷たいジト目をした、赤い帽子の魔法使い――


   *      *      *      *      *      *      *      *


「ふざっっけんなよッ!! てめぇ、このビチクソ女ッ!!」
「……」
「俺に魔法を使うなと、何度言えば分かるんだよッ!! テメェ、マジで犯すぞッ!!」
「ふぅん?」

やれるもんならやってみろと言わんばかりの、生意気なツラに跳ね返された。
……あーーーー、ムカつくッ!

「いいかげんにしろよッ! いつもいつも、俺になんの恨みがあンだよッ!」
「ないとでも思ってたんだ? ……鳥あたま?」

サーフグリーンの瞳に冷ややかな光を湛えて、糞女が赤い魔法帽を脱いだ。
――ぽっかりと開いた、こぶし大の穴……
穴に指をひっかけて、これみよがしにクルクルと回している。

「……………………ぐッ!!」
「ん?」

ぴょこんと、嫌味の込もった眉毛が跳ね上がる。
……ったく、ここまでマジでムカつける女は、コイツが生まれて初めてだ!

「それはもう、何度も謝っただろうがッ!! いつまでも粘着しやがって、しつけーんだよッ!!」
「別に、まだ何も非難してないけど?」

これまた人のことを馬鹿にしくさった態で、再び帽子をかぶり直す陰険女。
ムスッとした顔つきで、可愛げのない表情で、明らかな喧嘩腰で、俺につっかかってくるこの女――


……
………

俺の目の前にいる、このド腐れ女こそがパーティー四人目のメンバーなんだ。
例の、魔道学院から派遣されたという魔法使い。
名前は、“陰険妖怪赤ツンツン”という。

または“地獄極悪赤まるけ”。
おそらくは“魔道オナニーのトゲ女”。

「……キミ、どうせまた貧相な語彙で、お馬鹿なこと考えているんでしょ? 
 たまには本ぐらい読んで、言葉の勉強でもしなさいよ」

……世を忍ぶ仮の名前が、“メイプル”だ。
ファミリーネームなんかあったっけ? まぁどうでもいーや。興味ねーし。

ご覧のとおり、顔を付き合わせれば罵詈雑言の嵐。
俺が女に手を上げない主義なのをいいことに、一方的に暴力を振るってくるこの女。
マジでもう勘弁して欲しい。消えていなくなって欲しい。俺には関わらないで欲しい。
俺は、本当に心から、そう思っている。

そもそもこんな関係になってしまったのは、冒険初日のあの出来事が原因のようだ。
俺が飛んでいくメイプルの帽子を捕まえようとして、フックロープを使ったあの一件。
――あれが失敗だった。勢いをつけすぎて、大穴を開けてしまったのがいけなかった。
その魔法帽、メイプルに言わせると『お母さんから貰った最後のプレゼント』だそうで。
まぁそれなら、余程大切なモンだったってことは、俺にも分かる。悪かったと、今でも思ってる。


でも、さッ!
俺だって、悪気があってやったわけじゃないんだしッ!
そもそもコイツのためを思って、善意でやったことなんだしッ!
なのにこの態度は、この扱いは、いくらなんでも酷すぎやしないかッ!?

冒険初日に、思いっっっきり張り倒された、あの時から。
それでも三日ほどは、俺も真剣に謝りまくっていたし、彼女の機嫌をとっていたし、へいこらしたもんさ。
同じパーティーなんだから、仲良くしないと。仕事仲間なんだから、信頼し合わないと。
……そう思って、誠心誠意まごころを込めて接しようと努めたんだ。

なのに、最初に宝箱の罠の解除に失敗した時には、役立たず役立たずと罵られ。
豪快に弓を外した時には、それでも盗賊か聖都に帰れとなじられ。
――え? それは俺が情けないって?
し、仕方ないだろう! だ、誰だって失敗することはあるよな? な?

ともかく。いつまで経っても俺のことを責め続け、陰険なことばかりしてきやがる。
そうして冒険五日目にして、さすがの俺も悟ったさ。理解したさ。
――あぁ、俺とコイツは絶対に合わない――って。
コイツが俺のことを嫌うなら、それでもう結構。好かれようなんて、もうこれっぽっちも思わない。
俺だってお前のことが、大・キ・ラ・イだ。

どうせ最初から、俺を許すつもりも認めるつもりもなかったんだろう……?
魔法使いみたいなエリートの中には、すぐに人を見下そうとする連中がいる。
この女もそういう輩の一人なんだ。俺なんかとは、ハナから対等の目線で付き合うつもりなんてないのさ。
どうせ貧民出身の卑しいスカウトなんて、取るに足らない存在だと思っているに違いない。
俺はそういう奴が……昔から大ッ嫌いだった。

まぁ、そういうわけで。
それからはもうずーーーーっと、コイツのことは無視している。空気だ、空気。
お仕事として最低限に必要なこと以外は、関わりたいとも思わないから。
――でもそうしたらそうしたで、今度はなんだかんだと因縁をつけて絡んできやがる。
ほんと、鬱陶しいことこの上ない女だ……。もう放っておいてくれよ、マジで……。

………
……


「なぁ、お前たち。たまには喧嘩せずに、もうちょっと仲良くしてくれないものか?」
「もう一週間になるのにねぇ。二人が怖いの、おねえさんや〜よ?」

年上の二人組は困ったような顔付きをして、それでも大らかにそんなことを言う。
だけど、なぁっ!!

「俺じゃなくて、この赤ツンツンに言えってのッ! 仲間に魔法を使うなんてありかよッ!?」
「……キミが悪いんでしょ? 何度呼んでも、何度言っても、わたしのこと無視したから」
「イチイチ知るかよ、お前のことなんかッ!」
「なら、気づいて。仕事中なんだから。頭だけじゃなくて、耳まで悪くなったわけじゃないでしょう?」

性格が悪いお前よりは、マシだわっ!
良いのは見てくれだけだろう、お前の場合!
まったく! コイツさえいなければ、最良の職場環境だったのによッ!

「ぢゃあ、言え! 俺に何の用か聞いてやるからさ! 言うこと言ったら、もう二度と口を開くなッ!」
「…………」
「なんだよ、早く言えよ!」
「……また言わないと分からないの? 本当にキミって、どうしようもない人だね」

わざとらしく溜息をついて、メイプルが自分の後ろを指差した。

「隊列を崩さないで。いつもいつも、同じことばかり言わせないで?」
「……」
「ちゃんと、わたしの後ろに、ついて」
「………ケッ」

うんざりして思わず出した舌打ちを、聞きとがめられる。
帽子のつばから覗くサーフグリーンの瞳が、ギロリと光る。

……。
我がパーティの隊列は、一応『ガッシュ→フレイ→メイプル→俺』という並び順に取り決められているんだ。
リーダーであり、前衛の騎士であるガッシュが先頭――これは、いい。
バリバリ後衛の、魔法使いであるメイプルがケツにつく――これも、当然。
ただそうすると、バックアタックを喰らった場合、装甲の薄いメイプルが真っ先に袋叩きに遭ってしまう。
(「……まぁ、それでも別にいいんじゃない?」という俺の本音は、ここではおいておくとして)
そこで、前衛も張れるスカウトの俺が、殿軍につくことになったわけだ。

奇襲を喰らわないように索敵の感覚を広げておくのは、スカウトの勤めの一つ。
これを最後尾に配置することで、さらに背後からの奇襲に対する安全性が高まる。
もし敵が前方から迫ってきたとしても、脚の早いスカウトならば、ドン尻からすぐに前線へ出てこられる。
やろうと思えば遠距離戦だって仕掛けられるのも、スカウトの強みだった。

だからまぁ、この布陣は理屈に適っている。
……あくまでも、理屈には。

だが、感情的には全然よろしくない。俺としては、非常に不満のあるポジションだ。
だって、赤ツンツンの頭越しでは、ガッシュとフレイに話しかけづらいだろう?
それに陰険女とは会話することなんか何もないし、したいとも思わないし。
だからと言って、根暗女の後ろで旅の間中ずーーーーっと黙りこくっているのも、ゴメンである。

そこで、だ。
隊列を組んで歩いているうちに、必然的にこんな順番になっていくわけ。
『ガッシュ→フレイ→俺→メイプル』

さらに、さっきみたいに話が弾んでいる場合はコチラ。
『ガッシュ→フレイ→俺→ → → → → →メイプル』

俺としては、最終的にこんなカタチになるのが理想である。
『ガッシュ→フレイ→俺→ → → → → → → → → → → → → → → → →……』

……だってさぁ。こんな女の側にいたって、またネチネチグチグチ嫌味を言われるだけだし。
せめてフレイとメイプルの位置を交代してくれないと、やっていられない。

「あぁ、それは俺も悪いことをしたな。すまなかった、メイプル。
 トーマがせがむから、ついつい話に夢中になってしまって……。おいトーマ、隊列は守ってくれよ?」
「また後でおねえさんがこわーーいお話をしてあげるからね〜。トーマは後ろで、イイ子にしててね〜」
「な、なんだよ二人まで! 俺が悪いみたいにさ」

「ちゃんと、わたしの後ろに……いて」
「……」
「……いて」
「――――わーったよ! 分かったよ、後ろにつけば気が済むんだろっ!? ……ッたく」

……はぁ。
溜息をつきながら、メイプルと入れ代わりにパーティーの最後尾へつく。
すれ違いざま、ともかく可能な限りの渋面をしてやった。せめてもの抵抗の意思表示だ。
俺が隊列を整えると同時に、先頭のガッシュが「ほんじゃいくぞー」と号令して歩き始めた。
魔法騒動で一時中断していた行進の、再開だ。


   *      *      *      *      *      *      *      *


てく。てく。てく。てく。てく。

とこ。とこ。とこ。とこ。とこ。

とぼ。とぼ。とぼ。とぼ。とぼ――――


――沈黙だ。静寂だ。
死の行進とは、このことだ。
このポジションはやっぱり、どうにも居心地が悪い……。
大体、バックアタックなんてそうそう頻発するパターンじゃないし。

真面目に前を見て歩いていても、あるのはメイプルのくだらん後ろ姿だけ。
ぽっかりと開いた穴から、ヘイゼルブラウンの髪が見え隠れしている魔法帽。
とんがりが、ゆらゆらと風に揺れている。

「――あンだよ?」

そんな魔法帽のつばの影から、サーフグリーンの光がチラチラと横目で覗いていた。
……スカウトの俺が、気づかねーとでも思ったか。
言われたとおり最後尾に付いてやってるっていうのに、まぁだ何か文句あるっていうのか、コイツ?

「なにガンつけてンだよ?」
「……な、なんでもないよ」

俺を睨んでいたこと、気づかれていたなんて思わなかったのだろうか。
慌てたように、ぷいっと前に向き直る赤ツンツン。
いちいち反応が鬱陶しい奴だなぁ……。

ったく。
こいつの色気のねーケツなんか見ているぐらいなら、小鳥の囀りでも聞いていた方がマシ――
――。
――――ん?

木々のゆらぎ、木の葉のささやき、風の音色、虫の声、人外の、息吹――
訓練によって培われたスカウトの神経が、感覚の網にひっかかった異物にうなり声を上げた。
チリチリとこめかみを刺激する違和感に……振り向く。

「――およ?」

ひょっこりと。
背後の路傍の草薮から、貧相な顔がコチラを伺っていた。

ひょこ、ひょこ、ひょこ。
木の影から、木の上から、岩の陰から、似たような汚らしい面が顔を出す。

ひょこ、ひょこ、ひょこ、ひょこ、ひょこ、ひょこ、ひょこひょこひょこひょこひょこひょこ
ひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこ
ひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこひょこ

次から次へと、うじゃうじゃうじゃうじゃ、堰を切ったように沸いて出るわ沸いて出るわ。
どこからともなく現れては、俺たちの今来た道を塞ぐように溢れていく。
どいつもこいつも凶悪な面構えの、小鬼たち。
――ゴブリン。

「……バックアタック……?」

呟いたその瞬間、俺の後頭部にカッコーンと、赤宝玉の杖が叩き付けられた。
我ながら、その軽すぎる音に悲しさを感じる。

「このっ馬鹿トーマッ! ほら見なさいよ、こういうことがあるんだからっ!!」

だからって、殴るこたねーだろうに……!
後頭部をさすりながら何か言い返してやろうかとも思ったが、今はコイツの相手をしてやる暇はない。
前を行くリーダーに向かって、声を張り上げた。


「ガーッシュ、敵だぁーーーッ!! ゴブリンが来たぞーーーーーッ!!」




△MENUパネルへ


<5:えんかうんと!>



「ガーッシュ、敵だぁーーーッ!! ゴブリンが来たぞーーーーーッ!!」
「むむム、後ろか!? ――おうッ!!」

先頭のガッシュが応える間に、いきなり飛びかかってきた一匹を蹴り飛ばした。

「メイプル、下がれ!」

メイプルとフレイの二人に指図して、安全な後方へと向かわせる。
背後を突かれた場合に俺が盾になれるよう、嫌々ながらもこんな隊列を組んでいるんだ。
ガッシュが前線に出てくるまでは、俺が一人でゴブリンどもを食い止めなければならない。
特に“メイプルを守ること”が重要になる。――俺の個人的感情はおいといて。
俺たちの戦術は、魔法使いを中心にして展開されるからだ。

……とゆーか。
ぶっちゃけどこのパーティーでも、魔術系が戦闘力の八割方を担っているのが現実なのさ。
おれたち戦士系は、戦闘ではどっちかというとオマケ扱い。
だって――だって、魔物の数が多すぎるんだもん。

モンスターは普通、野生の生き物だからさ。大抵うじゃうじゃと群れているものなんだ。
しかし戦士やスカウトでは、どんなに強くても剣を振って一匹ずつ潰していくことしかできない。
十匹、二十匹、三十匹、四十匹と沸いて出てこられると、殲滅にそれはもう時間がかかる。
日が暮れる。疲れる。そして下手をすると、死ぬ。

そこで目立ってくるのが、魔術系だ。
戦士系が身体を張って、血みどろで盾になっている間に、連中はのほほんと呪文を唱える。
前衛の戦士の目が回り始めた頃にようやく唱え終わって、どかーんと一発。
敵を一掃して戦闘終了! ……と、まぁこんな感じが普通でさ。

実戦では、戦士系は時間稼ぎにすぎないわけだ。悲しいことに。
そりゃ“打倒魔王”を目指すような高レベルの一団なら、別の戦いようもあるだろう。
しかし俺達のような凡以下のパーティーなら、セオリー通り魔法使いを中心に戦った方が安全なのだ。


……
………

そんなわけで、俺は雄々しくショートソードを引き抜いた。
コレが俺の得物――ちなみに、安物の中の安物だ。
二番手に襲い掛かってきたゴブリンの顔面を、これで横殴りにぶっ叩く。
めきょっと気持ちの悪い音を立てて、小鬼の顔がひしゃげて潰れた。
――うん、今日も絶好調の切れ味の悪さだ。

三番手と四番手と五番手のゴブリンも、一斉に歯を剥き出しにして飛びついてくる。
大声を張り上げて、大振りにぶんぶん剣を振り回して、追い払った。
――なんとも格好の悪い戦い方だが、スカウトは別に剣の達人ではないから、これで構わない。
スタイリッシュに戦ったって実戦では誰も褒めてはくれないし、むしろクレバーに戦える方が安全でいい。
戦い始めは勢いこそが肝要だから、大袈裟なぐらいが好ましいんだ。
さらに一人で前線を守る場合は、演技でも見得でもいいから、ともかく相手を怯ませることが一番大切だ。

四番手のゴブリンを肩口から粉砕して、五番手の奴のドテッ腹に穴が開く。
三番手のはもう面倒くさいから、首根っこ捕まえて放り投げた。
はい、次、次、つぎぃ!


   *      *      *      *      *      *      *      *


――ゴブリン――
小鬼さんのことである。

鬼さんには他にも、“ホブゴブリン”と呼ばれる中鬼さんや、“オウガ”と呼ばれる大鬼さんとかがいる。
小鬼さんはそん中でも、一番雑魚っぽくて、一番弱っちい。
体格は人間でいうと、だいたい6〜7歳の痩せこけた子供ぐらい。
おつむの方はすっからかん。その年頃の聖都の悪ガキの方が、よっぽど手ごわいぐらいだ。
手にする得物は、石を尖らせて作ったナイフとか、冒険者がそこら辺に捨てた武器とか。そんな奴らだ。

だからハッキリ言って、ものすごく弱い。
武装した成人がゴブリンとガチンコして負けるようならば、ちょっとヘコんでみた方がいいかもしれない。
俺でさえ、まず負けることはない相手なんだから。
……ただし、一対一ならば。

連中の本当の恐ろしさは、その数と繁殖力にある。
モンスターはたいがい群れているもんだが、ゴブリンの類いはその度が過ぎるのだ。
いつもいつも数十匹単位。悪けりゃ何百匹と、軍隊のような勢いで襲いかかってくる。
なんせ暇さえあればサカって交尾しまくっている上に、一週間かそこらで出産しやがるのだ。
増えるわ増えるわ、溢れるわ。
計画的に間引いていかないと、いつの日かこの世はゴブリンで充たされると言われる所以である。


……
………

そんなわけで。
二、三匹程度なら俺でも全然平気なのだが、まだまだ雲霞の如くゴブリンたちが群がっている。
たった一人で前線を維持するのは、さすがに辛い。
今日もまた、いっぱい出て来たよなぁ。見た感じ五十匹以上は余裕でいるような……。

「トーマ、待たせたなぁ! アーーーーーハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」

…………。
リーダーが前線に到着したようだ。
本日も……やっぱり、そのノリかい?

「神よッ! その慈悲深き御心のもと、さ迷える子羊どもに愛の粉砕をッ!! 愛の炸裂をッ!!」
「……御託はいいからはよ行けや」

ギラギラと怪しい光を湛えて、血走った双眸が落っこちそうな程に見開かれている。
顔面を覆う脂汗と、歪んだ両の口の端が、今日も聖騎士が正気を失おうとしていることを物語っていた。

「ハァハァハァ、ハァ、ハァ、やるぞ……、俺は、邪教の徒どもを、狩るぞぉおおおお……」

荒い息で舌なめずりをしながら、腰の剣を引き抜くガッシュ。
――彼はこの愛剣を、自分で“カシナートの剣”と呼んでいる。
識別上は『ブロードソード+1』と鑑定される、『魔力付与』のかかった名剣だ。
ガッシュの家に代々伝わる唯一の家宝にして、唯一の金目のモノらしい。
ガッシュ曰く、“これを質に入れる日が、我が家名最後の日なり”だとか。
……なんだか、そんなに遠い未来のことじゃない気がするのだが……。

「神よぉおおおおおおおッ!! 我がアルツベルク家にッ!! 明日のパンをぉぉおおおおおッ!!!」

ゴブリンの大軍の真っ只中に、飛び込んでいった。
髪の毛をふり乱して、涎を撒き散らしながら、どこからどう見てもアレな顔付きで。
ガッシュの愛剣の一振りで、三匹のゴブリンが一気に吹き飛ぶ。返す刃でゴブリンの脳漿が飛び出す。
流石に聖騎士だけあって、重武装重装甲を活かした戦いっぷりだが――。

「KAMYYYYYYYYYYィィーー!!」
わけのわからん雄叫びを上げながら、ゴブリンの死体を何度も何度も地面に叩き付けているガッシュ。
まことにうるさい。

「ええい、貧邪教、貧邪教ゥーーーーー!!」
「やかましーぞ、ガッシュッ!! 馬鹿なことやってないで、静かに戦ってくれッ!」

ゴブリンどもの海に飛び込んでは、波に揉まれながら泳いでいるリーダー。
よってたかって群がられて、どんどん小鬼の山に埋もれていった。
それでも、彼の高笑いだけは聞こえてくる。


ガッシュは戦闘になると、いつもこんな感じなのだ。
貧乏貴族として、そして下っ端役人として、日頃からのストレスが余程のものなのだろう。
神に背く者共との戦いになると――なんとゆーか……“解放されちゃう”みたいなんだな。
なんか、色んな縛めから。

まぁ、それだけ日々の気苦労が多いってことなんだ。こんな時ぐらいは好き放題やらせてあげたい気もする。
……するけど、一応は聖職者なんだからさぁ。
魔法をかけられたわけでもないのに、常にバーサク状態って……正直どうよ?
あるいは、あいつの身に着けている装備の何かが、実は呪われているのかもしれないなぁ。
今度ヒマなときに、ちょいと点検してやろうとも思う。
――あの剣なんか、あやしいぞ。

「おまえらは、今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか……?
 ――幼い頃に“食えた”パンの枚数なんて、覚えているに決まってるだろうがッーーーー!!!」

もういい……。もうよすんだ、ガッシュ……。
もらい涙で、仲間がまともに戦えなくなるだろ……?
だいたいゴブリン相手に人生語って、どうするつもりなんだ?


   *      *      *      *      *      *      *      *


やけにたのもしいリーダーが、いつものように前線で大暴れを始めたので、俺もいつもの位置に戻る。
少しポジションを下げて中盤待機――この場所が、俺の本来の仕事場だ。
後方からは、フレイとメイプルの呪文詠唱が聞こえてくる。


「――seil YHWH elphon scutum sein lphoerion yel judath rofht samng hiunder unsus clt――」
「――led pewurn L'flamma da unio es armogn regitz somoke jivideol et yoderu spolge las――」


彼女ら魔術系は、詠唱中は極端に無防備になる。
精神集中しているせいでろくに自分の身も守れないし、下手に邪魔されると詠唱に失敗することもある。

特に、メイプルがやばい。
魔法使いが詠唱に失敗すると、攻撃魔法が逆流したり暴走したりするんだ。
まぁアイツ一人が自爆するだけなら、別に構わない。というか、むしろ歓迎なのだが……。
魔法が暴走すると、最悪の場合それによってパーティーが全滅する事もありうるので、そうも言っていられない。
パーティーの全滅だけは、なんとしても避けなければならない。

だからこそ、俺が、この位置を守っている。
ガッシュが引きつけきれなかったモンスターを、彼女らの元に到達する前に水際で阻止する。
文字通り、“死守”だ。


……
………

この数だ、どうせ乱戦になる。
ならばまだ余裕があるうちに、できるだけ数を減らしておきたい。
手弓を取り出して矢をつがえ、ガッシュの守る前線へと放つッ!

俺の矢。へろへろと覚束ない軌跡を描いて……落ちる。
草むらに。

二発目。引き絞って、気合を込めて撃つッ!
俺の矢。うにょーんと飛んで行き……命中する。
路傍の木に。

三発目。祈りにも似た何かを託して、射るッ。
……………………………………………………………………。
……手弓を、片付けた。

俺ってば、弓という武器との相性が異常に悪い。
第一、戦闘中に落ち着いて弓なんか構えていられるもんか。あんな体勢、隙だらけじゃないか。
こんな小心者根性がいけないのかなぁ……。

溜息をついて、恐る恐る後背を伺い見る――赤ツンツンは、目を瞑って詠唱中だ。
どうやら彼女には、さっきの醜態は目撃されていなかったらしい……よかった。
見られていたら、また“ヘタクソ”とか嫌味を言われていたところだった……。

……つーか、なんで俺がイチイチ奴の目を気にしなくちゃならないんだ!? 忌々しいッ!!
苛々しながら右手にショートソードを、左手に戦闘用のダガーを構える。
やっぱ男なら接近戦だ、接近戦!

「――scutum heloth vin signrof yl-sphia iestren son――BAMATU」

俺の気迫に応じるかのように、フレイおねえさんの詠唱が完了する。
彼女の元に描かれた魔法陣……ホーリーサインがその意を体し始め、プログラム通りに魔力が散開する。
俺のまわりの空気が仄かに光り、身体に纏いつくようにして消えた。

――レベル3の神聖魔法、『聖盾』だ。真韻は『BAMATU』という。
味方の身体に神の加護を与え、その防御効果を高める魔法である。

……と、そういう魔法なのだが、見かけは全然変わらない。
頑丈になった感覚もない。

正直に言おう。なんだか、騙されているような気がする。
“馬鹿には見えない鎧”みたいな感じがする。
しかも唱えているのが“あの”フレイおねえさんだし、あやしいことこの上ない。
『それじゃ、死ぬ気で戦ってきてね〜』と言われても、決して頷いてはいけないような、そんな警戒心。

だってさぁ。
最近は正教会も、『これさえ持っていれば絶対に天国へ行ける!』で御馴染みの“免罪符”は言うに及ばず、『身に付けた途端に〜〜(省略)〜〜彼女まで出来ました!』などの妙に長文なサクセスストーリー付き“アミュレット”とか、いかがわしさ満載のグッズを売りつけてくるからなぁ。
そういう類のものと同じにおいがプンプンするんだよ、この魔法は。

――だけれども最近(少しだけ)、本当にご利益があるんじゃないかと思えてきた。
『これはヤバイ!』と思った傷が浅かったり、『もう駄目だぁ!』と思ったら意外に平気だったりしたことがある。
今では、縁起担ぎとしてでもいいから、もうこれなしではいられない小心者の俺がいる。
……人はこうやって、宗教にハマっていくものなのかもしれないな……。

………
……


最前線でじたばたもがいていたガッシュが、ゴブリンの黒い波にぷちっと押し潰された。
防波堤を乗り越えて、パラパラまばらに押し寄せてくる小鬼さんたち。
ここから先へは、一匹たりとも通すわけにはいかない。
突撃する。


可能な限り姿勢を低くして、地面を這うように、全身で跳ねるように、駆ける――
――現在のスカウトギルドで必ず訓練させられる、おやっさん指導によるの走り方だ。
見た目、平泳ぎしているみたいで格好悪いし、走りにくい。
ハッキリ言ってなんの意味があるのか分からんので、仲間内でも酷く不評だった。
でもおやっさんが口を酸っぱくして指導するので、みんな渋々ながら従っているのが現状なのである。
大方、新しい隠し芸の開発でもしているんだろうが……ギルドという徒弟社会は、そんな師匠のお馬鹿につき合わされても、文句を言えないものなのだ。

真正面から、ゴブリンの一団と激突する……と見せかけて、その脇をすり抜けた。
すれ違いざま、左手のダガーで敵の喉元を引っ掛けておくことを忘れない。
そのまま勢いで――引き倒す。

あっさりと背後に回りこまれて、焦っているゴブリンたち。
スカウトが好んで真正面から戦うわけないだろう? 俺たちはバックで責めるのが好きなんだよッ!
ゴブリンの死体を別の奴へ叩きつけておいて、手近にいた小鬼の得物をショートソードではじく。
怯んだ隙に、ダガーの一撃を心臓に叩き込む。
棒立ちの死体が崩れ落ちる前に、その影に隠れて別の奴の背後へと忍び寄る……そして、喉を掻き切る。

――熟練スカウトの戦い方は、終始こんな感じだ。
ひよこスカウトの俺の場合、そこまで華麗に立ち回れないが、ゴブリン相手なら真似事ぐらいはできる。
まぁ傍から見たら、なにやらわたわた戦っているようにしか見えないんだろうが……。

それでもそんな俺をやり過ごして、何匹かは一気にメイプルへと襲い掛かろうとしていた。
モンスターもどっちかと言えば若い女をお好みのようで、メイプルはやたらとよく狙われるんだ。
ま、女ならなんでもいいところが下等生物らしい。女は見かけじゃなくて内面、ハートだろうがよ。
『せっかくだから』とか言って、あんな赤い方を選んでいたら、お前ら来世も人間に生まれ変われないぜ?

……などと脳内説教を展開しつつも、メイプルに集ろうとしていた小鬼さんをブッ叩く。
首の骨がうにょんとへし折れた。
はい、次!

フレイの元へ駆けつけて、彼女にこそこそ接近していた奴を蹴っ飛ばす。
地面をのたうちまわってる隙に、その首筋にダガーを突き立てた。
はい、おしまい。次ぃ次ぃ!

今度は前線に向かって走る。こんもりうず高く積もったゴブリンどもの山に、発煙玉を投げつける。
――火をつければモンスターが嫌う煙を出す、スカウトギルドで開発された兵器の一つだ。

「ハハハッ、アーーッハッハッハッハゲホッゴホッ、まだまだまだまだまだまだまだっーーー!」

沸き立つ煙の中から、よれよれとガッシュが這い出てきた。どうやら包囲から脱出できたらしい。
そんなリーダーの尻を蹴飛ばして、もういっちょゴブリンの群れに突っ込ませた。

「と、トーマ、きさまァッ!? うわああああああぁぁ……」

……だ、だって、自分で『まだまだ』って言ったじゃん。
まぁ、もう少しがんばってよ。はい、次だ次、次!

そうこうしている内に、また赤ツンツンに向かって馬鹿共が群がり始めている。
戦場の最前線から、メイプルの居る最後部に向かって、一気に走り抜ける――


「ふぅ、はぁ、ひぃ……」

汗だくだ。
戦闘中に一番走り回ることになるのは、スカウトであるこの俺なのだ。ヘトヘトになる。
そんな俺の耳に、おねえさんの呑気な歌声が聞こえてきた。

『た〜た〜え〜よ〜、主の愛を〜、さしのべ〜られる〜慈悲の手を〜、我らの祈りに〜』

僧侶が、魔力を込めて謳う賛美歌――『戦歌』(バトルソング)だ。
古来、歌には人の精神を活性化させる力があると言われてきた。
そんな歌声に魔力を込めて、その力を十全に発揮させるのがこのスキル。

聞いていると、イヤでも働かなきゃいかんような、そんな気分に(無理矢理)させられる。
戦士を過労死させる原因だと、一時期業界で問題になったくらいだ。
でもおねえさんはお歌を謳うのが大好きなので、好んでこのスキルを使ってくれる。

『来たれり来たれり、神の慈悲ぃ〜 ススメ〜ススメ〜、兵隊ススメ〜、大陸進出やっつけろ〜』

……ただ。
おねえさん、へたなんだ。すごく、音痴なんだ。
それに性格があんな人だから、歌詞を忘れるとテキトーに脱力系に作りかえてしまう。

……嗚呼それなのに。
聞いている方の身体は反応して、働かされてしまうこの悲しさ。
駄目だ、働きたい。身体が勝手に働いてしまう。無性に働きたい。
こんなお歌に……くやしいっ、でも働いちゃうっ!!

『ビクビクッ』

おねえさんが、わけのわからない合いの手をいれてくれた。


   *      *      *      *      *      *      *      *


そんなこんなで、奮戦中である。
縦横無尽の獅子奮迅で八面六臂の戦いぶりを疲労……じゃない、披露している俺。
メイプルが呪文を唱え終わりさえすれば、いっぺんに片がつくのだが――あいつの詠唱は遅いんだ。
本当にのろい。盾になっている身からすれば、実に苛々する。
だいたいあいつは、俺ばっかり――


脳内で一方的に罵倒を始めていた、その時のことだ。
スカウトとして訓練された危機察知能力が、異変をキャッチして俺の神経をキリキリと逆撫でする。
風を切る、イヤな音……飛び道具!?

急いで周囲に視野を広げる。
対ゴブリン戦で、飛び道具のような高度な兵器の相手をすることなど、今までにはなかった。
どこからどこへ向けて狙撃されたのか、乱戦の中で慌てて走査する。

――ぼとん。
メイプルの足元に、ゴツゴツした石が土煙を上げて落下した。
……………………そこかッ!? 
奇妙な皮ひもを振り回す、勝ち誇った表情のゴブリンを発見する。

投石紐(スリング)だ。
皮ひもの先端に“石受け”を付けただけの、原始的な兵器である。
適当な石を乗っけて、ブンブン振り回して投げる。だから見かけは随分とショボイい。
……だが侮るなかれ、あれでも非常に危険な武器なのだ。
大人がその気で使えば、一撃で相手の骨を粉砕することもできる。頭なんかに当たったらもう即死だ。
遠心力をつけて投げつける石は、子供の力でも十二分に威力を発揮する――
――つまり、ゴブリン野郎には最適な遠距離兵器というわけだ。

大方そこらへんに落ちていたスリングを拾って、見よう見真似で使い方を覚えたのだろう。
それだけでも大したものなのだが、この狙いの正確さは、ちゃんと訓練をしてきたことを物語っている。
投石紐というのは、実戦で敵に命中させるには相当の熟練を要する武器なのだ。
どうやらゴブリン社会にも、優秀なエリートは存在するらしい。

だが感心していられる場合ではない。ともかく、飛び道具使いを放っておくのは危険だった。
投石ゴブリンの方も、身動きしないメイプルが一番命中させやすいと踏んで、彼女を集中狙いしている。
なら、即効で始末を――

……などと思案している間にも、奴は二発目を発射した。
石が放物線を描いて、未だムニャムニャ詠唱中のメイプルの方へと、飛んで行く。
その軌道を計算するに………

……計算するに……

当たるのかなぁ………………あ?
………………い、いや、当たる!?

チックショウ、ゴブリンの癖に良い狙いしてるじゃねぇかッ! 俺の弓よりもよっぽど上手ぇや!
つ、つうか、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいッ!!
つんのめりそうになりながら、飛び出した。全力でメイプルの元へと駆け抜ける。
メイプルは、未だ目を瞑って呪文を唱えている真っ最中だ。
あの馬鹿の詠唱は、本当にのろい……。

「――flamma pewml qybojnn exezeok est reutngy H'arg ek pvnhc ros sorcar uriom da ignis――」

砲弾の類は、俺のチンケなショートソードではとてもなぎ払えるものじゃない。
彼女の身を守りつつ、詠唱の邪魔もしないような防衛手段は、限られている。

「――よっ!!」

横っ飛びにメイプルの前面に割り込んで、革鎧で投石を受け止める。これしかなかった。
叩きつける衝撃が腹から背中へと通り抜け、薄っぺらな革鎧ごしの圧迫に息が詰まる。
そのまま吹っ飛ばされながら、なおもメイプルへの警戒を怠らない。
見計らっていたように、一匹のゴブリンが彼女へ飛びかかった。

「――させるかよッ!」

受身をとっている暇などない。
身体を捻りながら投げナイフを引き抜く。空中から、オーバースローで投げつけた。
投げナイフで敵を止められるポイントは二点だけ、この体勢から狙えるのは一点だけ。
その一点――ゴブリンの眉間に、狙い過たずさっくりと突き立った。

これだけは……ナイフ投げについてだけは、自信があるんだ。
暇な日は一日中、ギルドのラウンジの巨大コルクボード前で、ツレと一緒にナイフ投げの賭け勝負をして遊んでいるからな。
スカウトのくせに、わりとインドア派な俺だった。

……と、勝利の余韻に浸る間もなく、無防備な背中から地面に激突する。
なんかもう、目の回る忙しさだ。……つうか、本当に目が回ってる……。
よろめきつつも、それでもなんとか立ち上がった俺。
しかし呼吸を整えるのに精一杯で、周囲の風の音の変化を聞き逃した。

さっきの投石ゴブリン。奴の放った三発目に、気がつかなかった。
放り投げられた石が、足を止めて隙だらけの俺の頭上へ、飛んできたことに。

――ガツッ!!

「――moito noahre D'igrg rghubn de fla、a、あ、ま……m、ma、anんth elges sor unio ignis――」

目の前が真っ白になる。赤い飛沫が舞う。
遠のきそうになる意識を繋ぎとめるのに必死で、再びその場に転がった。

よ、よりよって頭かよ……痛ぅう……。
……でも大丈夫、頭蓋にはダメージがいってない。死にさえしなければ、使命は果せる。
投げてきたのがゴブリンだったから、この程度で済んだのだろう。
もし今のが投石紐本来の破壊力を発揮していたら、頭をカチ割られて一巻の終わりだった。
もしかしたら、フレイの『聖盾』の魔法のご利益もあったのかもしれない。

……ッ!?

殺気。
痛みと額から伝う血に視界を奪われながら、なんとか顔を上げる。
倒れ伏した俺に、短剣を閃かせたゴブリンが飛びついてくるところだった。

――突き立つ。

革鎧の防護のない下っ腹に、焼け付く熱さ。
力が抜けていく、例えようの無いダルさ。
続いて襲ってくる、衝き抜ける鋭い痛み。

「があああああああああああッ!?」
「――とっ k…kolto albm et え、えるmez achieged poh rundel da lemant H'ark ept ignis――」

やられたッ!?
激痛をこらえて、ゴブリンを跳ね飛ばす。
ありったけの力と恨みで、小癪なこやつの脳天を叩き割った。
キッと顔をあげれば、例の投石ゴブリンが四発目の石をブンブン振り回しているところだ。
……お前もいい加減、うぜぇんだよッ!!

奴に向かって、全速で一気に距離を寄せた。石を放つ前に――確実に、殺る。
右手に抜いた二本の投げナイフ。
アンダースローで一本目を、振りかぶった勢いでそのままオーバースローの二本目を、投擲する。
吸い込まれるように最初のナイフが喉元へ、続いて眉間へと突き刺さった。
確実に獲物を仕留めるのなら、この“二点撃ち”が一番有効だ。
俺を散々悩ませてくれた投石ゴブリンは、スリングを振りかざしたまま地面に崩れ落ちた。

「ハァ、ハァ、ハァ……痛ぅ……」

い、イカン……走ると出血する……。
『聖盾』の魔法の守りが効いているのか効いていないのか知らないが、それでも傷は深いようだ。
このまま戦闘を継続するなら、フレイに治癒魔法をかけてもらわないとキツい。
ミリィに持たせてもらった“愛情たっぷりポーション”は、ちょっと事情があって切らしている。

ふらつきながら、僧侶のいる場所へと足を向けた。
押えた脇腹から、滲み出る。赤いシミが点々と、俺の足元の地面に跡をつけていく。


……
………

『………あっかね〜さす〜、きょうかいの〜、十字架を〜〜 えい、やぁッ!!』

おねえさんはお歌を謳いながら、錫杖をぶんぶん振り回してゴブリンを追い払っている所だった。
ひいひい言いつつも、大好きなお歌は止めないところがおねえさんらしい。
お口をもごもご、のど飴を舐めながら戦っているおねえさん。……そんなに俺達を働かせたいのかよ?
まぁでも、俺がメイプルにかかりっきりだったせいで、かなり苦戦していたようだ。
お姉さんに群がっているゴブリンを蹴散らしながら、彼女に近づいていく。

「はぁ、はぁ……。お、おねえさん、ちょっと『治癒』の魔法かけて――」

「――greykum woptm merikt flamma jasrbodd ek hrmes exi-agil da ――MAHALITOッ!」

ふらついて、フレイの足元でぶっ倒れそうになった、その時だった。
メイプルの呪文が完結し、真韻が詠まれる。
彼女の足元の魔法陣が解放され、発動する。……ようやく詠唱が終わったか!

メイプルの振りかざす赤宝玉の杖から、大きな炎の玉が迸った。
これが陰険女の最大魔法――レベル3の魔道魔法、『火球』だ。真韻は『MAHALITO』。
要するに、“ふぁいあーぼーる”だな。


魔法はその体系上、強力なものから順にレベル7、レベル6、レベル5……と類型化されている。
『火球』の魔法はレベル3に分類されているから、そんなに高度な呪文というわけでもない。
しかし大概の魔術師は、このレベル3を使いこなすだけで精一杯だったりする。
レベル5とかレベル6の魔法を行使できるのは、本当に一部の天才だけだ。
さらに最高位のレベル7ともなると、唱えられる魔術師は全世界でも数人しかいない。
冒険者としては、レベル3程度の呪文を使いこなせれば、充分にこと足りるのだ。

むしろ、それ以上の魔法を使われても迷惑というか。
例えばレベル7の魔道魔法に、街一つを吹き飛ばすという有名な攻撃魔法『核撃』があるのだが。
そんなもんをさ、洞窟もぐってる最中に唱えられたって……その、困るだろ?
必ずしも“大が小を兼ねる”わけではない。
この『火球』程度に小回りの効く魔法が、冒険には一番使い勝手がいいんだ。
下手に高位魔法を使えるよりも、『火球』一つをすばやく、正確に、
そして上手に使いこなせる魔法使いの方が、冒険のパートナーとしては心強い。

だから俺は、“この点だけ”はメイプルを認めている。ほんの少しだけ、尊敬しているんだ。
あの若さで『火球』を唱えられるのは、ハッキリ言ってすごい。相当に優秀な学生なのだろう。
俺はてっきり、もうワンランク下の『火弾』の魔法で精一杯だろうと思っていたんだ。
だから最初の戦闘で彼女が『火球』を使って見せた時には、本当に感心してしまった。
……まぁ下手に褒めたせいで調子にのって、俺が失敗すると“役立たず”って罵るようになりやがったが。
褒めなきゃよかったよ……。

………
……


びゅうぅーーーんと、俺達の上空へ飛んで行く。メイプルの火の玉。
――ぽむっ!
そんな間抜けな音を立てて、空中で破裂する。
大きな火炎の塊が、小さな火の弾丸になって、空から雨のように降り注いでくる。

……『火球』の効果を広範囲に及ぼすための、原始的なテクニックだ。
ま、こういう大雑把な方法しかとれないのが、メイプルがまだまだ未熟である証左だな。
熟練した魔法使いの『火球』は、無数の火の玉がびゅんびゅん飛び交って、敵を自動的に追尾するんだ。
しかしメイプルの場合、『火球』を唱えきるだけで、もういっぱいいっぱいなのだろう。
“なんとか唱えられるが、上手く制御ができない”――この辺りが、赤ツンツンの実力のようだった。

「ガーーーーッシュ!! メイプルが魔法を使ったぞーーー!! 巻き込まれるなよーーーー!!」

前線のうず高いゴブリンの山に向かって、一応警告を発しておく。
あの状態では、避けようもないだろうが……まぁでも、毎度のことだからな。死にはしまい。
うちのリーダーのしぶとさは、貧乏生活によって極限までに高められているから。

メイプルの作った炎の雨が、ゴブリンの群がっている地点に重点的に降り注いでいる。
あとは生き残った瀕死のゴブリンを適当に掃討すれば、めでたく戦闘終了だ。
今日はマジでハードだった……。

「……やれやれ。ところでおねえさん、とりあえず俺に『治癒』の魔法かけてくんない?」
「トーマ、怪我してるの?」
「ちょっと血が止まんなくてさ。ココなんだけど…………おろ……?」

疲労困憊な上に負傷して、よれよれ状態だった俺。
張り詰めていたモノが緩んだせいか、とっくの昔に限界を突破していた足の筋肉が、遂に職場を放棄する。
そのままふらふらと、女僧侶の肩に寄りかかってしまった。
……しかしながらこのおねえさん、ふんばって俺を優しく受け止めてくれるような殊勝な人ではない。
なので、一緒にぼすんと倒れこむ。

「やぁん! ガッシュの見ている前で、そんな、そんな、いけないわいけないわ……やぁんッ!?」
「ニタニタ笑いながら、そういう悪ふざけはやめてくれ……。マジでふらふらなんだからさぁ」

……ん?
……あれ……?

ふと見上げると、俺の頭上に火炎が立ち込めていた。
降り注いでくる、火の雨。
……俺の、背中めがけて。

「こ、こらメイプル! どこに落としてんやがんだッ! あち、あちッ、や、やめッ!!」

あんの下手糞めッ!! 唱えるだけ唱えといて、全く制御ができねぇのかよ!?
“認めている”っていうのは、もう撤回だ、撤回!! 二度と褒めてやるもんかッ!
クソ女は、どこまでいってもクソ女だッ!!

とりあえず僧侶だけでも、メイプルの流れ火(?)から守らなければならない。
おねえさんを地面に伏せさせて、覆いかぶさるように抱きしめた。
熱ちちッ……。

「ちょっと我慢しててくれよ。火傷するからさ」
「やぁん。トーマ汗臭ーい」
「……アンタの歌が、俺をキリキリ働かせたんだろーが!」

熱ちちッ……ちぃ……?
あッ!? 熱っ、熱っ、あちぃいいいッ!? あちッ、あちッ、あちッ、あちッ、あちッ、あちッ!!

ち、ちょっと待ってくれ、ちょっと! タンマタンマ!!
なんか俺んトコにばっかり、集中して降ってきてないかッ!? おいッ!!
――もう一度見上げれば、もうもうたる炎の嵐。
俺の頭上で、吹き荒れている。

「な、なにやってんだーーーーーッ!!! 俺は、味方だろうがーーーーーーーーーーッ!!!」

あちッ、あちッ、あちぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッーーーーーー!!


   *      *      *      *      *      *      *      *


仰げば、蒼天に日輪あり。

目を閉じれば、胸に虚無の念。

大地には、ゴブリンの死屍累々。

そして――
そして、地面にへばりつくように、ぶっ倒れている男ふたり。

………
……


「……ぶざま……」

ぼそっと。冷たい呟き。
誰の発言かは、推して知るべしだ。
そもそも、おめーがいつまで経っても『火球』を唱え終わらなかったせいだろうがッ!!

……とと、いかん。スルーだ。スルー。
奴の挑発に反応すると、余計にネチネチグチグチと絡まれることになる。
『煽りや荒らしはスルーが一番』――おやっさんの教えなんだが、今になってその有効性が身にしみるぜ。

当の赤ツンツンは、けろりと済ました顔で、路傍の岩に腰掛けている。
荷物から魔道書を取り出して、優雅にお勉強を始めやがったのだ。
この根暗女は、暇な時はいつもそんな感じである。
ったく、いつもいつも怪我一つせずにいられるのは、誰のおかげだと思っているんだか……。

――う、いかん。怒ると傷口が開く。
あのゴブリン野郎に刺された腹の傷が、ジクジクと痛み始めた。
この怪我、未だに治療待ちなのである。
フレイおねえさんは今、ガッシュの傍らに屈み込んで、一生懸命に『治癒』の魔法をかけているところだ。

ガッシュはいつも最前線で暴れているため、俺よりもボロボロになっていることが多い。
そんなわけで、大抵はリーダーの方が先に手当てを受けることになる。
まぁフレイにしても、元々は恋人を守りたくてこのミッションに参加したわけだからな……。
この優先順位には、潔く目を瞑ろう。


しかし『治癒』魔法というのは、かけるのに結構時間がかかるんだ。
待っている身としては、大変である。
痛いよ〜、血がとまらないよ〜、もう死ぬ〜……――などと呻きながら、地面にぶっ倒れているしかない。

「……みぐるしい……」

ぼそっと。冷た〜〜い呟き。
誰の発言かは、もはや言うまでもない。
だいたい、『火球』を制御できずに、俺に火傷まで負わせたのはお前だろうがッ!!
……とととと、と。スルーしなければ。無視無視。


……
………

「トーマ、お待たせぇ〜」

おねえさんが、ぱたぱたと俺の側へやってきた。
ガッシュの治療が済んだらしい。本当に待ったよ……早く魔法をかけてくれ……。

「ええっと。怪我したのは、おなかだったわね? いくよ〜」

おねえさんは俺に手をかざし、むにゃむにゃと呪文を唱え始める
僧侶の足元に魔法陣が描かれ始め……
――ぷすん 
間抜けな音を立てて、魔法陣が掻き消えた。

「……あ、あれ?」

おねえさんは再び、ぼそぼそとスペルを詠唱しようとする。
――ぷしゅうぅ
空気の抜けた風船のように、魔法陣はしぼんで消えた。

「…………」
「…………」

二人の間に、無言の空気が流れていく。
メイプルの、つまらなさそうに魔道書のページを捲る音だけが、聞こえてきた。

「おねえさん、まさか……」
「…………………………使い切っちゃった」

おねえさんは、ペロっと、可愛らしく舌を出した。

「…………」
「……てへっ」
「フ、フ、フレイおねえさん……? また、かい……?」
「あん、トーマ。怒っちゃ、や〜だ」

声を震わせる俺に、全然悪びれた様子もないおねえさん。
のれんに腕押しだが……しかし……。

「……この間の戦闘の時も、夢中で『戦歌』謳いまくったせいで、MP使い切ったんだよね……?」
「今日だっておねえさん、喉が痛かったけど、それでものど飴舐めながらがんばったよっ」
「……それでみんなでよってたかって、俺のポーションを全部飲んじゃったんだよねぇ……?」
「おいしかったけどぉ、おねえさん辛口の方が好みかなぁ〜」
「……もうポーションも残ってないし、『治癒』の魔法もかけてももらえないんだよね……?」
「ごめんねぇ〜。夕方にはMP溜まると思うから、それまでガマンしてねぇ〜」

ほがらかに、能天気に、そして愛らしく、宣告するおねえさん。

……そ……
そんなあ〜〜〜!?


   *      *      *      *      *      *      *      *


「トーマ。このまま進めば、昼過ぎには小さな村に着く。そこまで持ちそうか?」

自分だけ『治癒』の魔法をかけてもらえたガッシュが、ここぞとばかりリーダーっぽい気遣いを見せる。
余裕がある奴はいいよなー。おねえさんに贔屓してもらえる奴はいいよなー。

「“持ちそう”じゃなくて、“持たせてみせる”さ……。それがスカウトってもんだからな。
 まー、あんま心配すんな。自分でなんとかするから、お前は向こうで休んでてくれ。」

……そう、なんとかする。
そもそもサバイバルのプロであるのに、この程度で立ち往生していてはスカウト失格だ。
ポーションが無いのなら――それに準ずるモノを利用すればいい。
幸い周囲には、いくつか使えそうな野草が見かけられる。

ここまでの道中でも、こんなこともあろうかと思って、折を見ては薬草の類を採取していた俺だった。
――まぁ正直に言うと、本当はミリィへのお土産にするつもりで拾っていたんだが……。
腰を落ち着けられる場所で調合すれば、“ポーションもどき”程度なら作れそうだ。

しかし何をするにしても、とりあえず応急手当てだけは施しておく必要がある。
傷口を消毒して――縫っておかないと。
痛そうだなぁ……。やだなぁ……。

「はぁ……」

憂鬱な気分で、サックから消毒液の小瓶を取り出した。
ゴブリンが持ち出してくる武器は、基本的にボロボロでナマクラな物ばかりだが、同時に不潔な物が多い。
場合によってそれは、切れ味によるダメージよりも遥かに恐ろしい結果を、冒険者にもたらす。
傷口が化膿して腐敗したり、最悪破傷風を引き起こして死に至るケースは、決して稀なことではないんだ。

大きく息を吸って、意を決して傷口にぶっかける。
この消毒液は……強烈なんだ。

「――ぐぅううううッ!!」

痛ぅぅぅぅぅうううううーーーー! し、沁みるッ………!
何かに縋りつきたい左手が、膝小僧や太股を自分勝手に掻き毟っている。

「                                          ……いたいの?」
「――ぐッ、くぅぅぅぅぅううううううッ!!」

ギリギリと噛み締めた奥歯の間から、みっともなく喘ぎ声が漏れる。
男だろうがスカウトだろうが、痛いモンは痛いんだからしょうがない。
ひぃ、ひぃ、ふぅ……。

つ、次は縫合だ……。
目尻にちょっぴり浮かんじゃった漢の涙を拭った。それでも、手元がなんか暗い。
見上げれば、傍らからメイプルが覗き込んでいた。
……というか、その帽子邪魔だ。影になるだろうが。

「なんだよ、お前?」
「……え? あの……」
「見せモンじゃねーんだ、用がないならあっちいけ。しっしっ!」
「……あ」

赤ツンツンを追い払う。
俺が悶えているのを見て、茶々を入れにきたのか。ほんと、嫌味なトゲ女だなー!
もし赤ツンツンの手当てをさせられる機会があったら、絶対に、思いっきり、痛くしちゃるっ!!
見てろよトゲ女、今からお前が怪我するのが楽しみだわ! ケッケッケッケ――
――でも、アイツが負傷しないようにするのが、俺の仕事なんだよなぁ。
つくづく不公平というか、不条理な気がするよ。世の中って……。

ブルーな気分になりながら、針穴に糸を通す。
はぁ……痛そ……。
自分で自分の腹なんて縫うなんて、誰にとっても楽しい作業なわけがない。
酒でもあればなぁ……飲めないけど。はぁ……。

溜息をつきながら、それでも勇気を振り絞ってお裁縫針を構えた。
患部をもう一度綿で拭って、傷口を見やすく――

――うん?
あれ? 血が、止まってる……?

……。
思ったよりも、浅手だったのだろうか……?
なんだか急に痛みも引いた気がするし、大した怪我ではないような感じがしてきた。

……う〜ん……。
これなら包帯巻いておくだけでも、動き回れそうだ。
俺としたことが、“また”傷口の見立てを誤ったのだろうか……?
……。


……
………

「あ、あれ? キミ、大丈夫なの?」

急に元気よく立ち上がった俺を見咎めて、メイプルが目を丸くしている。
そして俺はいつもの如く、コイツのことは華麗にスルーだ。
自分の傷の診断を誤ったなんてコイツに知られたら、確実に「この役立たず」と馬鹿にされるからな。
余計なことは口にしないのが、吉。

「……キミって、意外にしぶとかったんだね。…………さすが単純生物」
「うるせー! お前が言うと褒めてるように聞こえねーんだよ!」

だ、駄目だ、まだこいつの煽りスキルの方が上だ!
スルーしきれないっ!
だいたい、何をそんなに嬉しそうに笑っていやがんだ! 人を小馬鹿にしやがってッ!!




△MENUパネルへ


<6:少女の想い>


>二刻後
>山間の村コッドにて


「よし、ここで一旦解散だ。俺とフレイは村長に会ってくる」
「ん。俺らはその辺でぶらぶら休憩してっから、ごゆっくりー」

山間の小さな村、コッドに辿り着いた。
ここら一帯の北部山岳は、地形が複雑で遭難しやすい。だから、地元民の助けが欲しい。
――そんな時はガッシュとフレイで、その土地のえらい人に協力をお願いするのが一番賢いやり方だ。
基本的に地方のえらい人というのは、中央の役人には滅法弱いからな。
しかし卑しいスカウトとか怪しい魔法使いといった輩は、同席しない方が逆に好印象である。
だから俺とメイプルは、ここでおるすばん。

「ねぇトーマ。怪我の方は、本当にもういいのぉ?」
「あ、あぁ。たぶん大丈夫だから、気にしないで。ガッシュと一緒に行っておいでよ」

珍しく他人の心配をするおねえさん。
さすがにあのタイミングでのMP切れには、おねえさんも後味が悪かったのだろう。
そんなおねえさんを曖昧にはぐらかして、さっさと村長宅へと向かわせた。

………
……


村の中央広場。
花壇の縁石にどっこいしょと腰を下ろして、荷物を広げる。
ちなみに赤ずくめ女の方は、池を隔てた広場の正反対側に腰掛けて、とっとと魔道書を読み耽っていた。

この不自然なまでの両者の距離。わざとらしさたっぷりの座る位置。厭悪感溢れるあの態度。
ああいう子供じみた態度が、ムカつくんだよな。ったくよ……。
俺だって、お前の側なんか近寄りたくもないわ。あっちいけ、ばーか。

……と、イカンイカン。
あんな奴のことよりも、今は確認しておかなくてはいけないことがある。
俺は革鎧を脱いで、少しだけ上着を捲った。

……さっき巻いたばかりの包帯。
無造作に解いて、患部に当てられた綿布を取り去る。
傷口を覆っていたかさぶたも、手早く引き剥がす。
露になる、俺が負傷したはずの場所。

………。
………やはりそうか……。
ほんの、二刻前のことだっていうのに。


――傷が、治ってる。


旅に出てから、もう一週間になる。
その間、俺もしょっちゅう怪我をしているんだが――こういうことが、よく起こるんだ。
何も手当てしてないのに、勝手にダメージが回復する。
血が止まったとか、傷口が塞がったとか、そういうレベルじゃない。“完治”してしまうんだ。
それこそ、僧侶に『治癒』の神聖魔法をかけてもらったみたいに。

どう考えても、おかしい。
『俺って不死身体質?』とか考えたりもしたが、そんな都合のいい能力が俺にあるはずもない。
それにこの現象、起こる場合もあれば起こらない場合もある。法則性はイマイチ不明だった。

あるいはフレイが気を利かせて、随時こっそりと『治癒』の魔法をかけてくれているのか?
……しかし、それもちょっと無理があるなぁ。
ガッシュのことなら別としても、あのなまけものおねえさんはそういう心がけとは無縁だからな……。

この怪奇現象、まだ誰にも話していない。リーダーには報告しておいた方がいいのか――正直迷っている。
とりあえず実害はないので黙っているのだが、俺もだんだんと薄気味悪くなってきたのだ。
他のメンバーにも、こういう現象が起きているのだろうか……?


……
………

昼下がりの日差しが、ぽわぽわと舞い降りていた。
花壇の花にありつこうと、番の蝶がダンスをしながら俺の鼻先を横切って行く。
牛が間延びした欠伸。鶏のつまらなさそうな鳴き声。
実に、のどかな空気。

「ひまだー」

フレイなら大喜びで鼻提灯を膨らませる雰囲気だろうが、俺はじっとしているのが好きな性分ではない。
平和なのはいいんだけれど……何か手を動かしてないと落ち着かないんだ。
ガッシュほどじゃないが、俺も結構貧乏性なのかねぇ。

向こうの正面ではメイプルが、相変わらず熱心に魔道書のページを手繰っていた。
何が楽しいんだろうか? あの根暗女は、時間さえあればいつもああしている。
今のような空き時間は勿論のこと、夜も遅くまでカンテラの明かりを絶やさない。
……まー、せいぜい努力して、もっと『火球』の詠唱を早くして欲しいもんだ。

生欠伸を噛み殺しながらそんなことを考えていると、いきなりサーフグリーンの瞳と目があった。
おもむろに魔道書から顔を上げたメイプルに、ちょっとだけ、ドキリとする。
向こうも少し慌てているようだ。

「な、なんだよ……。こっち見んなよ」
「…………こっちの台詞」

ぷいっと、再び書物に目を落とすメイプル。
――と、何を思ったのか自分のスカートの裾を押えて、慎重に縁石に腰掛け直した。

「…………へんたい」
「なッ!? ば、バッカかお前!! そんな汚ねーもん見るかッ!!」

いやまぁ汚くはなくて、ちゃんと純白だったが。

……って、俺は変態さんなわけじゃないよ!?
あいつがあんな丈の短いスカートを穿いているから、戦闘中なんかは不可抗力で見えちまうんだよ!
メイプルが魔法を唱えているとな、ひらひらひらひら、見えそうで見えない絶妙さで捲れ上がるんだよ!
足元の魔法陣から放出される魔力のうねりが、あの“ひらひら”の原因だと思うんだが……。
……あの神懸ったチラリズムには、ちょっと屈んで覗き込みたくさせる魅力がある。この俺にさえ。
だから俺は、断じて変態さんじゃないんだ。不可抗力なんだ。

だいたい、本人もちゃんと分かっててあんな格好してんのか……?
そもそも危険な冒険の旅に、あんなミニスカートで挑むこと自体が間違っているのだが――
――とまぁ、この点に関しては、突っ込むのは野暮ってもんだけどさ。
冒険者業界全体の風潮なので、流石にメイプルだけを責めるわけにはいかない。


……そう。最近の女冒険者はみんなみんな、過激で奇抜な衣装を好む傾向にあるんだ。
その原因は、聖都のマスコミが“二十五歳過ぎて未婚は負け組み”という価値基準を作出したことにある。
本来は、ウィンラントの社会問題である、少子高齢化と晩婚化対策のための論調だったんだけどさ。
そのせいで最近の女性は誰も彼も、できるだけ早めに結婚相手を見つけようと必死な状態だ。

でも冒険者なんかやっていると、男女の出会いの場が非常に限られてくるでしょ?
統計によれば、冒険者の結婚相手は、四十年連続で『同一パーティー内の仲間』が一位になっている。
つまり女性冒険者たちにとってみれば、冒険の旅は永久就職を目指すための戦場でもあるわけだ。
若い娘は恋愛に憧れて可愛く着飾るし、結婚適齢期が気になるお姉さま方は過激な服装をするようになる。
落とすべき相手、惑わすべき対象、とっ捕まえるべき伴侶は、同じパーティーの若い男だ。
かくして、今のような破廉恥な冒険者業界が出来上がった。

女戦士はハイレグ鎧で戦い、格闘家は水着姿で拳を振りかざし、魔法使いはスケスケの羽衣を身に纏って呪文を唱えたりするわけだ。
君たちも色んな媒体のおとぎばなしの中で、思わず正気を疑ってしまうようなHな衣装の冒険者たちを、見たことがあると思う。
あれにはね、こんな社会的背景があったんだよ。

おやっさん辺りが活躍していた一昔前ならば、女戦士だって全身鎧を着込んでいて当たり前だった。
女魔法使いだったら、裾を引きずるようなローブが定番だった。
でも今じゃあ、そんな格好で冒険の旅をやってる女の子は殆どいない。
下手に古典的な装備だと「なぁにあの娘? ぷぷっ……」と笑われてしまうので、もはや選べないのだ。
それこそが“風潮”って奴の恐ろしさだな。

まぁそんなわけで。
うちのパーティーの女メンバーなんかは、ハッキリ言って大人しすぎるぐらいなのである。
フレイは公職に就いている神官なので、クラッシックなローブ姿でも流石に馬鹿にされることはない。
メイプルのあの格好にしても、聖都のそこら辺にいる街娘に魔法帽を被せただけで、全然地味な方だ。
俺の同僚のリサなんかもさ、最近はびっくりするようなローライズのホットパンツを穿くようになって、ちょっとドキドキしているんだよ。
――――そんで何故か、俺がミリィに叱られるんだけど。

「キミ、なにニヤニヤ笑ってるの? ………きもちわるい」
「……う。うるせぇ! お、俺に構うなって言ってるだろ、一人でシコシコ勉強してろっ!!」

連想が、リサの肢体へと広がりそうになっていた。
いかんいかん。最近妙に色気づいてきたリサに、変な妄想を抱くところだった。
やっぱスカウトは、手を動かしていないとサマになんねーなぁ。
時間に余裕があるから、装備の点検でもしておくか……。


   *      *      *      *      *      *      *      *


投げナイフを、携帯用の砥石で軽く研いでいく。
わりと酷使する道具なので、放っておくとすぐに痛むんだ。
消耗品のひとつではあるが、そう頻繁に買い足せるような稼ぎはない。だから大切に扱う。
一本一本地面に広げて、丹念にヘタレ具合をチェックしていく。

「…………ん?」

そしてふと、注がれている幼い視線に気づいた。
顔を向ける。
年の頃はまだ十も出ていない、村の少年だった。俺が母さんを亡くしたのと同じくらいの年だ。

俺の手元のナイフに、大きな目をくりくりさせて見入っている。
スカウトの“物騒な武器”に、顔を輝かせて魅入っている。
……こういうものに、興味が出てくる年頃なのかもしれないな。

「――ふむ」

その熱心なまなざしを受けて、ちょっとだけ相手をしてやりたくなってきた。……暇だったし。
一本の投げナイフを、人差し指と中指の間に挟んでみる。
一拍おいてから、ナイフをくるんと回して、中指と薬指の間へと移動させる。

もうひと捻りして、薬指と小指の間へ。戻して、中指と薬指の間へ。
するするするする、指の間を往復させていく。
早く、早く、もっともっと早く。どんどんスピードをつけて、淀みなく指の間を縫っていく一本のナイフ。
見ている方は、いつ怪我をするのかとハラハラしていることだろう。
やっている方にとっては、実にしょーもない小芸なのだが。

お客さんの目から心配そうな色合いが消えさり、頬がほころび始めたら、次のステップへ。
単調な動作の連続に慣れさせておいて、油断している隙に急激な変化を加える――
初歩的な心理テクニックだ。

手の平を一振りする。
手首のスナップと同時に、袖の下に巻いたベルトから隠しナイフを三本、引き抜く。
傍らの少年には、一本が四本に分裂したように見えるはずだ。
その目がまだ丸いうちに……無造作に、投げつける。
人のいない端っこの方の大樹に向かって、四本いっぺんに投げつける――

――ガガガガッ

小気味よく同時に突き立った投げナイフ。……刺さったナイフが、四本で十字を形づくる。
よし、成功! ハンスと一緒にかなり練習したんだよな〜、これ。
他にはVの字や正方形なんかも描けるが、観客受けが一番いいのはやっぱり十字だ。

「うわあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っ!!」

首尾よく、村の少年を感動させることができたようだった。
スカウトならば誰しも、この手の小芸の一つや二つは心得ているものである。
でないと復活祭に催されるギルドの隠し芸大会で、おやっさんの罰ゲームから貞操を守り抜けやしない。

「危ないから、良い子は真似しちゃ駄目だぞ? 刃物は大人になってから、だ」

よっこいしょと立ち上がって、木に突き刺さったナイフを片付ける。
戻ってくると、少年の隣りに一人の村娘が立っていて、にこにこ笑いながら出迎えてくれた。
いつからそこに居たのだろうか? 少年よりも幾分年上だが、なんとなく顔立ちが似ている。
たぶん十五かそこら、メイプルと同じくらいの年と見た。

「器用なんですねぇ」

慎ましい格好をした、優しそうな娘さんだった。
ミリィもそうだが、こういう素朴な感じのする女の子は、俺の好みのタイプだ。
一つ結びのお下げに、水色のリボンがワンポイントで可憐さを引き立てている。
どうやらこの少年のお姉ちゃんらしいな。

「あの、冒険者さんですよねぇ? ご職業はなんですかぁ?」
「戦士っ?」
「あはは、俺はスカウトだよ」

二人の質問に、待ってましたとばかり俺も胸を張って答えた。
何故か、きょとんとしている二人。

「……スカート……?」

……通じなかったようだ。悲しい。
こういう田舎に来ると、まだまだ“スカウト”という新名称が浸透していないので困る。
ど、どうしよう……? 旧名で答えて、怖がられないだろうか……。

「えっと、盗賊……ギルドに、所属しているんだけど……」
「盗賊かぁ! かっこいいなー!」
「どうりで。やっぱり手先が器用なんですねー」

……杞憂だったようだ。
田舎の人は都会人とは違って、大らかでいいな。
何の偏見もなく受け止めてもらえて、なんだか心から嬉しくなっている俺がいる。


……
………

「ねーねーお兄ちゃん、これは何につかうのー?」
「――ん? それはなぁ、宝箱の罠を外す時に使う道具だ。
 横にハンドルがついているだろ? それを回して、少しずつ少しずつ宝箱を開けていくわけだな」

そんなわけで、昼下がりの村の広場は、平和だった。
俺は次々とスカウトのお道具を広げて、装備のチェックを済ませていく。
姉弟二人の好奇の視線を浴びながら。時折は使い方の解説を交えながら。調子に乗って薀蓄を語りながら。
こんな田舎に住んでいるのだから、スカウトの最新装備なんてそれは珍しく見えるのだろう。
特に弟くんの方は、興味津々のご様子である。

「このろーぷ、ちょっとかわってるねー?」
「――むむ。それは俺の嫌な思い出がいっぱいに詰まった、“フック付きロープ”という道具だ。
 フックを引っ掛けて高い所に登ったりするんだが……使うのが難しいんだ」
「ねねねね、これってナイフ?」
「――おっと。それは特に危険だから、絶対に触っちゃ駄目だぞ。そのダガーは――」

少年に注意をしておこうと、目を上げて――。
そして、また、唐突に。
サーフグリーンの瞳に、捕えられる。

――瞳。
どこまでも透き通った、緑の瞳。

その存在を忘れきっていたメイプルが、ぼんやりと書物から顔を上げて。
広場の向かい側から、ただじーっと、こちらを見つめていた。
こんな遠くからなのに、思わず吸い込まれるような……引き寄せられるような、底の無い瞳。
意味もなく呆心しかけて――我に返る。目を閉じる。頭を振る。

……ッな、なんか気持ち悪い奴だな!
あいつに見つめられると、なんというか、魅入ってしまうんだ。
奴の瞳のグリーンは柔らかくて透き通った色合いなので、ついつい視線がそこに落ち着いてしまう。
そのせいか――変な眼力があるんだよなぁ。

つーか、見てんじゃねーよ。
『なんだてめぇガンつけてんのか文句あんならやるぞコラ口の中にミミズ詰め込んで縫い付けてやらぁクソ女』
――そう怒鳴りつけてやりたいところだが、この姉弟の手前、野卑な発言は控えておく。

そんな俺の悪意のオーラが、通じてくれたのだろうか。
赤ツンツンは心ここにあらずといった感じで、読んでいる書物に再び視線を落とした。
……奴め、暇さえあれば読書ばかりしているが、あまり集中できていないんじゃねーか?
『MAHALITO詳解初級第六篇』――いつもその背表紙の本ばかりで、一向に先へ進まないだろうが。
こうして見ていても、ページを進んだり戻ったりして、はかどっているようには見えない。
本当は魔道書でオナニーしているだけなんじゃないかというのが、目下のところの俺の見解だった。


「ち、ちょっとクルトッ! 何やっているのッ!?」


少女の金切り声に、意識を引き戻される。
いつのまにか俺のダガーに手を伸ばして、ペタペタと弄っている少年。
しかし姉の怒鳴り声に驚き、身を竦め、そして――――――短剣を取り落とす。
幼い小さな手から、零れ落ちて、突き立ち――

「――ッと」

ととと、あぶないあぶない。
手の平で刃を包み込んで、落下を食い止めた。
この子の指でも落ちていたら、お姉ちゃんに殺されるところだ。

「ええっと“クルト”だったか? 怪我はないか?」
「……えぇ? あ……」

素人さんは、トラブルがあるとすぐにパニックを起こしちゃうからな。
呆然としている少年を怖がらせないように、落ち着かせるように、できるだけ優しく話しかける。

「血は出てないか? 痛い処は?」」
「あ……うん。へいき……」
「そっか。なら良かった。これは狩猟に使う短剣でさ。この刃の独特なカーブは、獲物を捌くためのものなんだ。
 ……でも狩りをするのは、もうちょっと大きくなるまで我慢しような」
 
血が出ていない方の手でクルトの頭を撫でてながら、ダガーを定位置の腰のケースに仕舞いこんだ。
頭を撫でるのを止めると、今度は同じ場所に、ごちーんと姉の鉄拳が打ち下ろされる。
……順番逆の方が、クルトにとっては楽だったかな?

「――いたっ!」
「もうっ!! なにやっているのよっ!! 触っちゃ駄目って言われてたでしょうッ!?」

仲の良い姉弟だなぁー。昔のミリィと俺を思い出すぜぇ。
愉快になりながらも、地面に並べられた装備の数々をテキパキと身につけていく。
こんなところで無用心に武器を広げていたのが、いけなかったのだ。店じまい店じまい。
そろそろガッシュも戻ってきそうだからなぁ。

「ご、ごめんなさいッ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
「いいよいいよ。危ないモノを放っぽり出していた、俺が悪かったんだし」
「で、でも貴方、いま手の平を……ごめんなさいっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「大したことないから大丈夫だよ。こんなの、唾つけとけば治るから」

我が事のように、懸命に頭を下げまくる少女。ついでに少年の頭を掴んで、強引に上下に動かしている。
……でも、本当に大したことないんだ。手の平の皮が切れて、ちょっと血が出ているだけで。
唾というか、ホホズミ草でも適当に擦り込んでおけば、あっという間に治る。
ひよこスカウトである俺は、この程度の生傷を毎日何十もこしらえながら生活しているのだから。

「だ、駄目ですよッ! 見せてくださいッ!!」

目尻に涙を溜めた少女に、無理矢理ぐぃっと手の平を奪われた。
……っていうかソレ、痛いんですけど……。

なにやら真剣な面持ちで傷口を凝視した後、“処置”を始めた彼女。
……明らかに慣れていない、たどたどしい手つきだ。
あぁ、あぁ、どうせやるなら消毒してからじゃないと。そんなとこ押えても血は止まらないし。
懐から可愛らしいハンカチを取り出して、ぐるぐる俺の右手に巻いていく……。
…………。

「あ、あのっ! これでなんとかっ」

なんとかって言われても――なんともなっていないかと。はい。
俺の手の平に、ぐるぐる巻きに縛りつけられた白いハンカチ。包帯のつもりなのだろうか……?
これだと余計に痛かったりするし、後で自分で手当てしづらいんだが……。


「だ、大丈夫ですかぁ……? い、痛くありませんかぁ?」

心配そうに、俺の右手と顔をきょろきょろ見比べているお姉ちゃん。
泣きべそ寸前の弟くん。
……。

……………………ま、いいか?
右手には、しばらくこのままでいてもらっても。
遠い旅の空の下にいると、こういう人の気遣いの温もりの方が……身に染みる。
だからそのまま、ハンカチで拘束された右手を握り締めた。

「……ありがとう。助かったよ」

少女は、頬を染めて俯いた。

………
……


「おうぃい、トーマ!」

ガッシュが大声で俺を呼びながら、広場の方へ入ってきた。
どうやら村長宅での用事が済んだらしい。

「お疲れさん。で、どうだった?」
「この辺り一帯の詳細な地図を頂けた。それと、もう少し先にヘイナという村があるそうでな。
 日が暮れる前には着けそうなんだ。できるだけ距離を詰めておきたいんだが……」

ガッシュから地図を受け取って、ざっと見渡してみる。
……うん、いい。これと俺の方向感覚さえあれば、そう簡単に迷子にはならないだろう。

「それじゃ、もう出発するのか?」
「うむ。今日はヘイナ村まで足をのばして、宿泊としよう」

そうか……。今日はここで一泊かとも思ったが……それなら仕方がないな。
縁石から腰を上げて、ケツの砂を払った。

「お兄ちゃん、いっちゃうの……?」

クルトが寂しそうに、そんなことを言う。
思わず笑みが漏れた。ついさっき知り合ったばかりなのに、そんな顔をしてくれるとはな。

「あぁ。でも、縁があったらまた会えるさ。帰り道だって、この村を通るんだから」
「ほんと!? じゃ、ぜったいによってね! ぼうけんのお話、きかせてねっ!」
「……あぁ。きっとな」

全然確約はできないのだが、ついついそんなことを言ってしまう。
柄にもなく、そんな気にさせられてしまった。

「ヘイナまで行かれるんですよね? あそこには『居眠りの雀亭』っていう宿屋があるんです。
 私のお友達のケリーって子が働いているんですけど、良かったら利用してあげてください」
「分かった。それじゃ、そうさせてもらうよ。……あ、このハンカチ……」
「あぁ! いいですいいです、安物ですから! 治るまで、そのまま巻いておいてくださいっ!」
「そっか。了解した」

治るまで、だそうだ。
このままだったら、二日くらいかかりそうだな。ご愁傷さま、俺の右手。
……しばらくは、剣を握りにくそうだ……。

「おい、メイプル。行くぞ」

向こう側で、未だ腰を下ろしたままのメイプルに声をかける。
広場を後にして、俺達のパーティーは村の出口の方へと向かう。


……
………

「頑張って下さいねー! “トーマ”さーん!」

背後の広場から、そんな声が投げかけられた。
喋った記憶もないのに、少女が自分の名前を呼んだので、少しどっきりした。
……と、そういえばガッシュがさっき、俺の名前を口にしたっけ。

「ああ、ありがとう! ……クルトも、元気でな! それから――」

……彼女の名前を教えてもらっていないなぁ。
うーん、それじゃ不公平な感じがする。
だから俺は、ちょっとだけイジワルな気持ちを込めて、彼女への別れの挨拶とした。

「――その水色のリボン、似合ってたよ! 手当てしてくれて、ありがとう!」

少女はまたしても、顔を真っ赤にして俯いた。

「ばいばーーーいっ!!」

クルトが広場から、跳び上がるようにして一生懸命に手を振っている。
やれやれ……元気なことだな。苦笑しつつも、ハンカチの縛られた手を振り返してやった。


……一期一会、か。
あの姉弟と俺とは、たぶん今日この場だけの出会いだ。
生涯で、もう二度と会うことはないのだろう。
それでも、そんな人達とも、今は確かに通じ合えた。

これが、『旅』というものなのかもしれない。
聖都でゴミゴミした仕事ばかりをこなしていた俺の胸に、そんな感慨が広がっていく。
やっぱりこのミッションに参加してよかったと、心から思う。
約一名鬱陶しい仲間がいること以外は、素晴らしい経験に――


――って、居ねぇじゃねーか糞女が! 隊列守れとか、ぎゃあぎゃあうるさかったくせに!!
振り向けば、まだ広場でグズグズしている赤ツンツン。
あの姉弟相手に、何か話しこんでいる様子だった。

「おいこら、メイプルッ! なにやってんだ、行くぞーーーッ!」


   *      *      *      *      *      *      *


お兄ちゃんに手をふる。
おもしろいお兄ちゃんだから、またかえりによってくれるといいなぁ。

「おいこら、メイプルッ! なにやってんだ、行くぞーーーッ!」

……? めー?
そこのぼうしのお姉ちゃんのことかな? なんだか、ボクのお姉ちゃんとお話をしているよ。
呼ばれたぼうしのお姉ちゃんは、あわててお兄ちゃんの後についていった。
ボクはもういちど、お兄ちゃんに手をふったんだ。

「ねぇ、お姉ちゃん。さっきのぼうしのお姉ちゃんと、なんのお話ししてたの?」
「え? ……ううん、何もお話してない」
「?」
「なんだか………………睨まれた、だけ」
「どうして?」
「さぁ? 変な娘だったよ……」

お兄ちゃんはぼうしのお姉ちゃんのこと、めー……めーなんとかって、よんでた。
お兄ちゃんとなかがよさそうだったから、こい人……なのかな?
あのかっこう、たぶんまほうつかいの人なんだろうな。
まほうかぁ……いいなぁ。いっぺん、見てみたいなぁ……。
お兄ちゃんたちがかえってきたら、おねがいしてまほうを見せてもらおっと。

……? 
くん、くん。
くんくん、くん?

「ねぇ、お姉ちゃん。なんかこげくさくない?」
「ん? そう?」

くん、くんくん。

「……ああッ!? お、お姉ちゃん、かみ、かみっ!!」
「なぁに? ――――あ、き、きゃあッ!?」

お姉ちゃんのかみのリボンに、火がついていた。
うわぎをぬいで、お姉ちゃんのあたまをバフバフはたく。
お姉ちゃんも大あわて。リボンをほどいて、なげすてた。

びっくりしたな、もう。急にもえだすんだもん……。
どっかから火のこでも、とんできたのかな?

「やだぁ……。お気に入りだったのにぃ」





お姉ちゃんの、たいせつなリボン。
くろこげになって、もえつきた。





けど、火じにならなくてよかったな。
ほっとしたボクは、もういちど手をふろうとおもって、村の出ぐちのほうをむいたんだ。

でももう、お兄ちゃんたちのすがたは見えなくなっていた。









赤い帽子のまほうつかい     
episode.1 〜『聖都のとうぞく』
Fin


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episode.2 〜『ミリィのアトリエ』



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