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INVIDIA(SS版)。『ファントム・オブ・インフェルノ』の二次創作。

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INVIDIA


<1>


  神様。

  私は、沢山の罪を犯しました。でもどうか。
  私が地獄の業火で焼かれようとも、どうか。
  玲二の罪は……お赦しください……。



「君は、何ひとつ忘れてないんだな」
「告解が、まだだから」
「……誰にしてもらうんだ……? 懺悔……」
「神様に直接。いつかは、会えるはずだから……」

  まだ何か言いたげな彼に背を向け、祭壇の前に膝を折った。……そうすることに、少しだけ抵抗を覚えた自分がもどかしい。
  柔らかな午後の日差しが、ステンドグラスの影を躍らせる――ここは、容赦のない程に神聖な場だ。神様の前に、私と、私自身の罪とを曝け出す場所だ。三者を隔てるものは何はなく、私を守るもの、私を偽るものも存在しない。
  ただそれでも、この残酷な空間の静謐を乱してやまないものがあるとするならば――それは例えば、 この息のつまるほどに埃臭い空気だ。そして例えば、鮮やかな色彩を投げかかるステンドグラスの影。
  ……そしてもしかしたら、今この時も私を見つめている、少年の優しさ……。




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<2>

  もう何度、繰り返した動作であろうか。祭壇の前に手を組み、瞼を閉じる。そうして一人、一人と、かつて自分が殺していった者達のことを思い浮かべる。その死に顔、その断末魔。助けを哀訴する声。愛する者への言葉――。
  こんな祈りを捧げたところで、神様に赦しをもらえるとは毛頭思えない。これはむしろ、今自分が存在するために必要な作業であり、儀式でしかない。神様、私はこれだけ殺しました。この人は、こんな風に殺しました。そうやって、静かに自分の中に刻み付ける。何ひとつ忘れないように。いつの日か神様に会ったときに、何ひとつ忘れずに懺悔できるように。

  脳裏に次々と浮かぶ私の犠牲者の中に、気弱げな少年の姿が現れた。怯えた表情で私から逃げようとする少年、暗い闇に翻る私の手。伸びた手の先にある、銃。私はその銃を……。
  
  その銃を……。

  ……だめ……

  …………駄目ッ!!

  意識が乱れて、思わず瞼を開けた。この静かな儀式の中で唯一、私の心に波紋を呼びかける記憶。祈りを捧げる日々を重ね、心を落ち着けて己が罪と直面するばするほどに、この記憶だけが私の心をかき乱す。いつも、いつも。
  でも今日の動揺は、一層激しかった。重ね合わせた手の平――罪の証が刻み込まれた醜い祈りの手に、じっとりと汗がまとわりついている。 たぶんきっと、その張本人の少年が……私がこの手で、地獄の世界へと叩き落した、その少年が……今も私の背中を、優しく見守っているからだ。

「……藤枝さんのところに行ってあげて。彼女、返事を聞きたがっている」

  振り向いて、言い放つ。今は、ここにいて欲しくない。

「……ああ……そうだな」

  彼の瞳には、いつものように強い意志の光が宿っている。――それこそが玲二の力の源であり、私には到底辿り着けないもの。私がこの世で一番、憧れている光だ。
  遠ざかっていく彼の足音を聞きながら、もう一度膝をつく。……こころが、まだ、みだれている。




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<3>


  つい先刻、玲二は藤枝美緒という女子生徒から、告白を受けたのだ。

  この平和な国に住むティーンエイジャーにとって、そういった類のイベントはよほど特別なものなのだろう。美緒の必死な想いは、共通の友人である早苗が暗躍することによって、私の耳にまで届いていた。そうして今日の放課後、美緒に告白を実行させるつもりなのだと、早苗の態度から察してもいた。……だから、だから私は、その現場に踏み込んで茶々を入れたのだ。

  藤枝美緒――『梧桐組』の隠し姫であり、アキレス腱。“アイン”と“ツヴァイ”という血塗られた過去にとって、それは浅からぬ因縁のある名だった。彼女と個人的な関係を結ぶ前に……彼が決断を下す前に、この事実を伝えておかなくてはならなかった。
  でも本心から言えば、今の彼に『梧桐組』のことなどを思い出させたくはなかった。このぬるま湯のような生活の中で、無防備さを取り戻し始めている彼の横顔に、かつての罪が今も影を差そうとするのがたまらなかった。彼だけは、この平穏な暮らしの中で、血と硝煙の世界を忘れていて欲しかった……。
  
  しかし、美緒との交際が梧桐組及びインフェルノに対して絶好の切り札になるのも、見逃せなかった。万が一インフェルノに私たちの所在が割れたとしても、逃走経路の確保が格段に容易になる。
  そうでなくても……玲二と美緒は、早苗の言う通りお似合いだと思う。玲二――今、束の間の故郷の幻想に浸っている玲二には、どうかそのまま何もかも忘れて、この平穏な生活に酔いしれていて欲しい。それは私がいつの日か、“アイン”ではなく“私自身”になれるための、希望の光でもある。もし私が、彼の未来を奪わなければ……玲二と美緒のような二人は、この国の多くの若者たちと同じように平凡に想いを伝えあい、結ばれ、時を育んでいったにちがいないのだ。
  気の優しい彼のことだ。自己を欺瞞しながら、美緒を裏切りながら、恋愛劇を演じることはできないのかもしれない。でも、それでも……本来ならあるべきであった“吾妻玲二”の平凡な日常に、どうかこのまま浸っていて欲しい。

  神様。

  それが罪になると言うのであれば。
  玲二の罪は……私に背負わせ下さい……。




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<4>


  目を開ける。
  差し込む日差しは先程よりも幾分か弱くなり、夕闇の訪れを予感させた。

  ……落ち着かない……。
  静謐な礼拝堂とは裏腹に、私の心にはさざなみが立っている。意外だ、こんなに気分が動揺しているのは、今までの経験でも数えるほどしかない。

  玲二にエレンと名付けられたあの日から、確実に変わりつつある私の内面。昔のようにマスターの命令を遂行するだけの殺人人形ではなくなりつつあることは、自分でも気がつき始めている。今だって、こんな風に“動揺することができる”自分に、少し感動を覚えるぐらいだ。

  しかし……なぜだろう。
  私は、ここで静かに祈りを捧げているだけだ。それなのに、急き立てらるような焦燥感がある。

  ステンドグラスの向こう側……校舎の方。今頃玲二は、あの場所で、美緒の告白に返事をしている頃だろうか。この一件については、一切を玲二の判断に任せた。だから私は、玲二の選択に従って行動するだけ。行動指針は、あくまでも単純だった――例えどうなろうとも、私は玲二の背中を守り抜く。

  ……けれども……。
  けれども今……玲二は美緒に、何を告げているのだろうか……。


  もう一度、祈りを捧げよう。
  もう一度、かつて屠った者たちを思い浮かべよう。

  意識して、強く瞼を閉じた。脳裏に浮かぶのは、ギャングの幹部でもヤク中のごろつきでもない――おとなしそうな日本人の少女、藤枝美緒の姿だった。柔らかく流れる長い黒髪。この世の汚れなど映したことのないような、澄み切った黒い瞳。死の恐怖に引きつった経験などないのであろう、穏やかさを湛えた微笑み。慎ましやかに、しかし確かな自己主張をしている、女性としての起伏。
  ……私には、物の美しさを論じるような感性が乏しい。しかし美緒に男性を惹きつける魅力があることくらいは分かる。玲二は……玲二も、美緒に惹かれたりするのだろうか……?

  ……とくん。

  また気分が悪くなってきた。今日は体調が悪いのかもしれない。正体不明の動悸の激しさ。思わず胸に手を当てて、心拍数を確かめてしまった。――落ち着きなさい、エレン。何をそんなに焦っているの?

  先程から美緒と玲二のことばかり懸念していたのが、いけなかったのだろうか。……私は玲二を信頼している。彼なら真剣に考慮して、後で困るような決断はしないはずだ。大丈夫、心配はいらない。仮に玲二と美緒が交際するようになったとしても、私達の素性を隠し通す自信はある。玲二にはまだ、故郷の平穏な生活に浸っていて欲しい。そのぶん、私が彼の背中を守ればいいだけなのだから。……だから、落ち着いて、エレン。

  日の光の残滓は、最後の輝きを投げかけていた。ステンドガラスが、私の膝元に白い光のかけらを映し出す。――ふと、美緒の雪のような白い肌を思い出した。以前体育の着替えの時に見たことがある、きめ細かでシミひとつないような滑らかな肌……。手の平で包み込めるような、形の整った御椀型の乳房……。玲二の大きな手の平の中で、綺麗に踊るような……。

  ……とくん

  いらついている自分を自覚する。胸に添えていたはずの左手は、いつのまにか自分の胸を鷲づかみにしていた。かたい――芯でも入っているかのような、そっけない胸だ。

  …………。

  体内に暗い霧でもかかっているように、重く、息苦しい。やるせなくなって、自ら左手をそのまま這わせる。玲二は……玲二は、美緒のような胸に、興味をもつのであろうか? 考えてみれば、玲二だって健康的な一人の男性なのだ。性欲的に、異性に興味がないわけがない。
  今までは彼と一緒にいて、性の違いを意識させられることがあまりなかった。それはかつて、お互いが人格のない人形として一緒に暮らしてきた頃の名残なのだろう。一つ屋根の下に暮らしていても、玲二は私に「男性」を感じさせることはしなかった。……それも当然だ。私は今でも、自分自身のことすら覚束ない、ただの壊れかけの殺人ロボットなのだから。人間でも、女でも、ないのだ。

  でも……美緒は違う。見ていれば分かる。あれが、玲二と同じ年頃の少女の、あるべき姿なのだと。だから……だから玲二だって、美緒の身体を美しいと思うはずなのだ。美緒の両胸に、指を這わせるはずなのだ……。

「……ンッ……ふ……」

  知らぬ間に、くぐもった声が吐いてでた。左中指の腹が、硬い乳首をおずおずと撫でる。先端が隆起し、痛いような痒いような感覚を訴えてくる。

  ……わ……
  わたし……?
  吐息が熱い。膝が震えだす。スカートの中も……火がついたみたいに、うねっている。

  ……私は……こんな場所で……なにを? 




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<5>


  性行為についての知識は、当然に一通りのものを叩き込まれている。暗殺任務においては、女としての武器を駆使し敵に接近する必要性も想定されるからだ。……しかし、生憎と今まで実践する機会はなかった。自分でしたいと思ったこともない。このような場所で、自分を慰めるようなことを……背徳感というよりも、戸惑いの方が先に立った。いったい今日の私はどうしたというのだろう?

  不安で、心細い。
  自分が自分でないような気がする。
  なんだか……怖い……。玲二……。

  あぁ、玲二が……。
  玲二が、あの時のように力強い腕で、抱きしめてくれていたら。私も自分の変化に怯えずに、受け入れることができるかもしれないのに……。でも今は……玲二はきっと、美緒の元にいるに違いないから……。

  ……とくん。

  ドス黒いなにかが、自分の中で渦巻いているのが分かる。そのうねりが、身体の制御をもぎ取ろうとしているのを、止められない。

  だめ……怖い……。
  玲二、玲二……側にいて……怖い……。

  私の右手は、もうスカートの内へと伸びてきている。そして肉付きの悪い内股を、たどたどしくなぞる。
  ……もし。もし私が、“藤枝美緒”だったのならば。玲二の手は、どのように私をまさぐるのだろうか……? 彼のことだ、私の肌を守るように、優しく……撫でるように……。
  右手がついに、下着越しに局部へと到達する。既にそこは、下着としての用を足さないぐらいの湿り気に汚染されている。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

  息切れが激しくて、膝つきでも立っていられなかった。身体を投げ出して、そのまま倒れこむ。熱病にうなされたような火照りには、この埃くさい冷たい床さえも心地よかった。

  十字架にかけられたイエスが、私を見下ろしている。止まらない肩の震えが、身体全体に心細さを伝えてくる。まるまっている私は、小さくて小さくて……。この広い世界で、お前はたった一人ぼっちだと告げられているように――

  ……いや……

  …………いやッ!!
  玲二! 玲二ッ!!

  右手が、乱暴にショーツの中に潜り込む。くちゅ、くちゅ――自ら強引に与えた感覚が、古びた礼拝堂に水音を響き渡らせた。皮がめくれ、今まで碌に刺激を与えられたことのない陰核がむきだしになる。快感というよりも、むしろ痛みに近い激しさ……それが私の火照った頭を、余計に蕩けさせる。

  もっと強く……激しく……。玲二……。

  指が、内壁への進入を試みる。しかしまだ何者も迎え入れたことのない私のそこは、熱く堅く門を閉ざしている。指はそろりそろりと入り口を往復し、わずかな挿入感と痛みを私に感じさせるのみだった。
  
  もっと……もっと近くに……。

  玲二の唇が、私の唇に近づく。……あぁ……。乳房に這わせていた左手を、もどかしくも唇に添える。吐息の予想以上の熱さが、指を焼く。私には「それ」が、どのような感触なのか分からない。分からないけれど、でも指でなぞる唇の痒さに、頭が痺れる。唾液が口の端から顎へと伝って、だらしなく流れ落ちていくことに気づいた。

  ……熱い……。
  ……玲二……玲二……。

  右手は既に別の生き物のように、動悸のリズムに合わせて蠢いていた。送られる刺激の強さに、左手は乳房を揉み切れずに宙をさ迷う。私を壊すほどに強く抱く、その広い肩に左腕を回す。玲二が、玲二が私を抱きしめる……わたしを……玲二……。

  玲二が、わたしの首筋に舌を這わせながら、顔を寄せてくる。私の耳元で、囁く。いとおしそうに、優しく、彼がつけてくれた――わたしに、わたしの、名――

『愛しているよ、美緒……』

  …………ッ!!


  深みに、食い込む。
  刺す様に走った痛みと、手のひらが陰核を乱暴に押し潰す感覚――

  私は、空を舞った。




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<6>


  行為が終わった。

  私は神の十字架の前で、乱れた制服のまま、荒い息をたてて身体を横たえている。余韻に浸りながらも、もう薄暗いこの礼拝堂にさっきから響いているのが、自分の嗚咽なのだとようやく気づいた。視界もぼやけている。どうやら涙腺から溢れているらしい。

  まだ……嗚咽は止まらない。

  でもこれは、悲しくて流す涙などではないはずだ。私が泣いているはずがない。なぜならわたしは、マスターに泣くことなど教わっていないから。こんな時には泣くものだと、玲二にも教えてもらっていないから。だから、悲しいことなんてない。あるはずがない。これはきっと、生理的作用の、何かだ。

  なぜこんなにも、苦しいのだろう……。
  なぜこんなにも、胸が締め付けられるのだろう……。
  嗚咽が止まらない。頬を伝う滂沱を止められない。

  わからない。
  わからないけれど、私は今、きっと……

  ……また一つ罪を犯したに違いない……。






  神様。

  私は、沢山の罪を犯しました。
  でも、どうか。
  それが神様には赦されない罪だったとしても、どうか。


  玲二は。
  玲二の罪だけは、お赦しください。

  玲二の罪は……私に背負わせ下さい……。




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